アメリカ軍の核攻撃基地日本列島。その上日本人を兵士にして命までアメリカ軍に捧げる野田首相。
国民騙しの国日本。ずっとずっと騙され続けていた日本人。佐藤栄作首相が打ち出した非核三原則は、ウソの塊でしたね。佐藤栄作首相は国民にただエエカッコしていただけ。このウソで、佐藤栄作氏はノーベル平和賞を受けました。まぁ、ノーベル平和賞はそういうふうに世界中の人を騙すためにある胡散臭いものであると、ミャンマーのアウンサン・スーチー氏や東チモールのジョゼ・ラモス氏やオバマ大統領の受賞を見れば今では明らかです(関連記事はこちら)。外務省は佐藤栄作首相の密約については、佐藤首相が独自に行ったものであって、外務省としては、関わりがないとしています。ま、実態はそうでしょう。日本という国は、常に二元外交が行われる国なのです。敗戦直後は、昭和天皇と吉田首相&外務省の二元外交が行われていました(関連記事はこちらとこちら)。思うに、戦前も戦中も行われていたのじゃないかな?
アメリカ側としては、日本列島を旧ソ連や中国に対する核攻撃の拠点にしたかったのだから、昭和天皇が国内外の共産党台頭を恐れて米軍駐留を望み、安保条約締結に動いたことは、非常に渡りに船であったわけで、保身のため政治的に動いた天皇を利用して、日本にとって屈辱的な日米安保条約締結に成功し、望み通りの成果をあげたわけです。
そういう経緯で日米安保条約が締結され、日本に米軍が駐留することになりましたが、その米軍基地で行われていたことは、核攻撃に備えての訓練であり、核の軍事的運搬という考えてみれば当たり前な事実が、明らかになりました。非核三原則なんて、日本国民から米軍の核を隠すためのメクラマシ、ノーベル平和賞は世界を欺くためのメクラマシだったということですね。
というわけで、去年放送された動画の紹介です。
実は、この記事は、放送された直後に書いていたのですが、アップに至っていませんでした。
証言 在日米軍の核
元アメリカ軍兵士4人に聞く。
持ち込まれていたことは想像に難くなかった在日米軍の核が、実際に持ち込まれていただけでなく、訓練学校すらあったことが元米陸軍兵士の証言によって、明らかになった。
その訓練学校は、岐阜にあった。
20110813 元米軍兵士4人の証言・・・在日米軍の核 投稿者 PMG5
【元米陸軍兵士のチャールズ・ブラウンさん(78)の証言】
これは、私が、1951年岐阜の核生物科学学校を卒業したことを示す卒業書のコピーです。
彼が核兵器訓練を受けた学校は、岐阜県各務原(かかみがはら)にあった。
その訓練の実態は日本では全く知られていない。
ブラウン氏は、学校の跡を訪れた。彼が訓練を受けたアメリカ軍基地は、1958年、日本に返還され、航空自衛隊岐阜基地となっている。
アメリカ軍岐阜基地には、当時、陸軍の「核・生物・化学学校」が置かれていた。ここでは兵士たちに核兵器の基礎知識や対処法を指導していたという。
この学校の実態は、航空自衛隊も把握しておらず、簡単な配置図しか残っていない。
指をさしているところが訓練学校。その右側が兵舎で、ブラウンさんは寝泊まりしていた。
ブラウンさん
「後から訓練を受けた兵隊は多かったかもしれませんが、私達は、25人でした。」
アメリカは、太平洋戦争末期に原爆を開発。1945年、広島・長崎に投下した。
アメリカが次にかかわった戦争は、1950年に勃発した朝鮮戦争だ。
休戦までに3年を要したこの戦争で、アメリカは、韓国を支援し、ソ連は北朝鮮を支えた。
アメリカ軍岐阜基地に「核・生物・化学学校」が開設されたのは、朝鮮戦争開始の翌年の事だ。ブラウン氏は、核兵器使用を想定した訓練を受けた。
訓練では放射能を検知し、味方の兵士たちを汚染した地域に入らないようにする。
ブラウン氏
「上官は(訓練のため)コバルト60のような放射性物質を地面に埋めた。それは長い時間持たなければ、人体に影響はないということだった。ガイガーカウンターで放射線を測定し、これ以上近づいてはいけないという範囲に、白いテープで目印を付けた」
広島平和記念資料館。ブラウン氏がここを訪ねたのは、60年前の訓練の記憶があったからだ。岐阜の学校では、広島の被爆者の体験を聞かされたという。
「被ばく者は、原爆が投下された日の朝、仕事に行こうとして空を見上げたら、飛行機が一機とんでいました。彼は歩いて建物の中に入りました。その直後に爆風を受けて脳しんとうを起こし、三カ月後に正気に戻りましたが、放射線の影響は受けなかったということです」
訓練では、広島の原爆被害を記録したフィルムも教材として使用された。
こうした訓練は、原爆が使用されても生き残れるし、被ばく地に入って兵隊を救助できると私達に教えるのが目的だったと思います。
岐阜基地での核兵器訓練を裏付ける資料は、長崎純心大学の塩崎弘明教授が、アメリカの海軍歴史センターで入手した。
長崎にある米軍佐世保基地の朝鮮戦争当時の活動報告書には、「砲術を担当する基地の将兵は、核・生物・化学兵器の防御の中心となるため、全員交代で、岐阜の「核・生物・化学学校」に派遣されるべきである」と明記されている。
アメリカ・イリノイ州に、「核・生物・化学」訓練を指導した専門家がいると知り訪ねた。
自宅に持つガスマスクが、訓練の経歴を物語る。アメリカ陸軍元少佐ダグラス・ロッキー氏(61)。訓練の目的は、兵器に対する防御だけではなかったという。
訓練の目的は、これらの兵器を自分たちが使った時、何をすべきかを兵隊に教えることだ。どんな防護服、防護機材を使えばいいのかを教えるのだ。
アメリカ・バージニア州
朝鮮戦争当時、日本国内で核兵器の訓練を行っていたアメリカ。実際に核を使おうとしたのだろうか。
シカゴ大学教授・朝鮮戦争研究者であるブルース・カミング氏は、アメリカは朝鮮戦争で、積極的に核を使おうとしたと主張する。
朝鮮戦争では、当初、北朝鮮が韓国やアメリカなどの国連軍を圧倒した。アメリカはこの劣勢を覆すために、原爆の使用を検討した。
アメリカは爆撃機一機に原爆と同じぐらい重い通常爆弾を積み、沖縄の嘉手納基地から飛ばした。広島と同じように一機で北朝鮮に原爆を投下する訓練だった。
アメリカは、沖縄から爆撃機を飛ばし、北朝鮮に原爆を落とす訓練をひそかに行っていた。アメリカの核の攻撃対象は、北朝鮮だけではなかった。国連軍を指揮したマッカーサー総司令官が、標的にするよう強硬に主張したのは中国だった。
アメリカは中国の都市に対する大規模な核攻撃を行うことを真剣に検討した。それは、中国が人海戦術で、大量の部隊を朝鮮戦争に投入したからだ。
朝鮮戦争の休戦後のキューバ危機。その時も沖縄のアメリカ基地から核を積んだ輸送機がひそかに飛び立っていた。
1962年、ソ連がアメリカの庭先キューバに核ミサイルを配備し、再びキューバに核兵器が持ち込まれないようケネディ大統領がキューバを海上封鎖した「キューバ危機」が起き核戦争の危機が高まった。
1954年から6年間沖縄の空軍嘉手納基地で核兵器を整備していたというコール・カーペンター氏<ペンシルバニア州の新聞コラムニスト>の証言:
核兵器の任務は極秘の任務で、特別な資格が必要だった。私達が整備したのは、マーク7という通常の核兵器でした。あとからは、マーク24という水爆を整備しました。
マーク7は、長さ46メートル。戦闘機から投下することになっていた。マーク7の威力は最大で長崎原爆の3倍に達した。
核兵器を爆発可能にするためには、中心部に核物質を挿入する。私達はあちこちの米軍基地でその作業を行った。
それが日常的な整備で、上手く挿入できるか確認した。
核戦争寸前までいったキューバ危機。その時、カーペンター氏は命令を受け、核兵器を爆発させるプルトニウムを沖縄から韓国へ運んだ。
私達二人は核兵器のスペシャリストでしたが、拳銃で武装していた。
飛行機に派幹部将校も乗っていたが彼らは私達が警備するプルトニウムには近づかないよう指示されていた。
私達は、彼らが近づけば銃撃することになっていた。
カーペンター氏がプルトニウムを運んだのは、韓国の群山にあるアメリカ軍基地。
キューバ危機のさなかになぜプルトニウムが韓国に運び込まれたのか?
Q・核兵器はロシア(ソ連)を狙っていたのか?
核兵器がどこを狙っていたのかは知らない。しかし、地図を見れば韓国から核攻撃機の射程範囲にロシア(ソ連)と中国がある。ロシアは韓国のすぐ近くだ。
アメリカの占領下にあった1972年まで、沖縄には核攻撃が可能な戦闘機やミサイルなどが配備されていた。しかし、アメリカは沖縄への核配備を公式には認めていない。だが、核の存在を証明する証拠が基地から流出した。それは1冊の電話帳だった。1970年当時の沖縄の電話帳には、戦闘機部隊に核兵器安全管理者が配置されていると書かれていた。
この電話帳を発掘したのは地元の新聞沖縄タイムスで25年余りアメリカ軍の核配備を追い続けてきた元記者国吉さんは、「核兵器がいつでも使える状態を確認する完全証拠。当時ベトナム戦争にも言っているし、核をいつでも使う体制を持っていたのではないか」と。
まだ、まだ、動画は続きますが、ここで文字にするのは終わります。
沖縄だけでなく、三沢、入間、横田、岩国、板付が、アメリカの核攻撃の拠点とされていたということもわかりました。
アメリカは、日本列島を旧ソ連や中国に対する核攻撃の拠点にしようとしていたという事実。
核兵器はベトナム戦争にも使われようとしていたという事実。
核兵器はその中心にプルトニウムが挿入されなければ爆発しない。
ということを考えると、日本に原発が54機も建設されたことは意味を持ってくると思います。今まで、日本の原発から生み出されるプルトニウムは、日本の核武装のためと思ってきましたが、在日アメリカ軍の核兵器の材料になっていたか、まだなっていなくても将来的に日本からプルトニウムを供給する計画があったと推測します。そうとしか思えないですよ。
そして、アメリカ軍へプルトニウムを供給するために原発が建設されていたという仮説が当たっているとしたら、その計画に乗ったとしか思えない54機も建設した自民党という政党をよくよく研究する必要があると思うのです。
ま、今は民主党政権となって、尖閣諸島付近で海上保安庁に中国漁船を拿捕させて中国と紛争を起こそうとしたり、これに石原都知事が一枚加わって、海に落ちた保安院を中国漁船員がモリで突いたというウソを電波で流したり、最近ではワシントンで「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」と述べ、尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島を個人所有する地権者と交渉を開始したなんちゅうことを述べております。
野田首相が4月末にワシントン出向き行った日米共同声明は、「2010年の防衛計画の大綱の下での日本の動的防衛力の構築と,米国がアジア太平洋を重視する戦略を含め,我々はそれぞれのコミットメントを実行していく。
米国によるこの戦略は,地理的により分散し運用面でより抗堪性のある兵力態勢を地域で実現しようとする取組を伴う。」というのもでので、日本の自衛隊が、米軍の戦略にしたがって海外派兵を受けて、血を流しますというもの。
紹介した動画の状況よりも、さらに段階を進めようとしているわけです。
日本列島を旧ソ連や中国に対する核攻撃の拠点にするというアメリカの戦略は、野田民主党政権では、日本列島を核攻撃の拠点にするにとどまらず、日本列島に住む日本人を兵士にして海外の戦場に送り込むというところまで進んでいくわけです。
危機ここに極まっているのです。

















小沢国策(売国奴非国民の国策ワロタ)裁判は地位協定温存のためのユダ金の内政撹乱戦術の一つに過ぎない。奇形司法風情が偉そうに無罪判決など出しているが、本来小沢無罪よりも検察最高裁の有罪を公開裁判で問うていく必要があるのだ。
しかしそんな些末なことよりももっと根源的な売国政治のおおもとを断つ方が遙かに重要である。すなわち奇形司法やスパイ霞ヶ関記者クラブマスゴミ違 憲政党公明党を操って日本に露骨に内政干渉するアメリカの人種差別支配条項地位協定を直ちに破棄することが日本国民の付託を受けた国会の最大の急務であ る。
国会がやらぬなら国民が直接主権行使してやるけどね、「地位協定破棄と福一石棺桶化」。