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2009年4月

裁判員制度は即刻廃止して、被告人の権利を保障する司法制度改革を行え!

 裁判員制度って、非常にいかがわしい制度だと思う。

 うたい文句は「開かれた司法」「身近な裁判制度」と、私たち国民の利益を説いているが、その中身について表面的にしか知らない国民が多いというのに、「開かれた司法」「身近な裁判制度」などというのは、悪い冗談としか思えない。

 この制度のいかがわしさの第一点は、

 国民は嫌がっている(『参加したくない』という国民が約七割)のであって、国民の意思が盛り上がってできたものではないということ。

 魚住昭著「官僚とメディア」によると、

この制度導入を目玉にした司法制度改革はもともとは経済界と自民党が主導したものだった。その出発点は、バブル崩壊後の94年に経済同友会が発表した「現代日本社会の病理と処方」と題する文書だったと言われている。この文書で、同友会は法曹人口の大幅増員を求めた

 97年に自民党の安岡興治代議士(弁護士。のちに法相)らが党司法制度特別調査会を立ち上げたのをきっかけにまず法務省が「改革の流れを利用し、司法にかかわる人員の大幅増員を勝ち取ろう」(朝日新聞)と同調し、それに最高裁日弁連が加わって99年7月に司法制度改革審議会が設置された。

 中間報告では刑事裁判の迅速化と効率化だけが強調され、企業法務にかかわる弁護士を大量に増やすという意図が明確だった。早い話が小泉政権時代に勧められた規制緩和・構造改革路線の司法版である。そのためか、被告が無罪を主張すると一年でも二年でも身柄を拘束され続ける「人質司法」や、冤罪の温床とされる代用監獄をなくそうとする姿勢は全く見られなかった

 つまり、不況の原因を作った小泉政権が行った市場原理主義に基づく改革の司法版が「裁判員制度」というもので、「弁護士の数を増やして弁護士を安く大量に雇いたい?企業」と「刑事裁判を迅速化効率化したい法務省(もう一つの法務省の狙いは国民ローラー作戦で全国民の思想調査をすることじゃないだろか?)」と「弁護士の仕事が増えると歓迎する日弁連」の利害が一致して導入が決定されたとでもいうべきものであり、国民の意思は全く問われていない。だから、この制度が国民の利益になるはずがない。国民が「裁判員制度」に参加を義務付けられることは、法務省、法曹界の利益と企業利益に利用されるだけのことで、私たちには、苦役があるばかりだ。

 「開かれた司法」「身近な裁判制度」などと国民に甘い言葉をささやいているが、利用料金や税金は安くなり利便性が上がると国民の利益を説いて、実は逆をもたらし、狙いは国民の財産を徹底して搾取するつもりの郵政民営化と同じ詐欺的な匂いがする。

 そもそも、刑事裁判に求められるべきは、迅速化や効率化ではない。

 麻原彰晃主任弁護人を務めた安田好弘氏著の「「生きる」という権利」から抜粋させてもらうと、刑事裁判に求められるべきは、下記のごとし。

 検察官は、被告人を起訴した以上、有罪を立証すべき義務があり、被告人は、これに全面的にかつ無条件に争う権利を有し裁判所は、その権利を保障しなければならない

 検察官が立証に失敗すれば当然に無罪

 被告人が全面的に争い、仮に有罪となったとしても、争ったことが、いかなる意味においても非難されてはいけない。そうでない限り、争う権利を認めたことにならない。争う権利を認めないところに無罪推定はない無罪推定が認められないところに刑事司法は存在しない

 ということで、もっともと頷けるが、さて、裁判員制度以前の問題で、現在の裁判制度のもとで、被告人は全面的に争う権利が認められているだろうか?検察官が立証に失敗すれば当然に無罪となっているだろうか?

 安田弁護士自身が、検察官が作ったスト―リにより「強制執行妨害事件」で、逮捕起訴されたが、検察官は立証に失敗するどころか、安田弁護士が無罪である動かしがたい証拠が出てきたにもかかわらず、東京高裁(池田耕平裁判長)は、安田の強制執行妨害共謀を認め、第1審(東京地裁)の無罪判決を破棄し、罰金50万円の逆転有罪判決を下した。

 和歌山カレー事件では、状況証拠だけで、林真須美被告の死刑が確定した。

 検察が、立証に失敗しようが、無実の証拠が出てこようが、検察が起訴すれば、裁判官は、検察の言い分通りに判決を出すような現在の司法には、被告人の権利は、全く保障されていないと言っていいだろう。

 さらに、安田氏著書によると、オウム教祖麻原彰晃氏が、死刑判決を受けた一ヶ月後の2004年5月22日、内閣直属の司法制度改革推進本部が作成した刑訴法改正法案が国会で可決、成立した。その内容は、下記のごとしの改悪。

 弁護人は、第一回公判前の事前準備手続きに出頭し、在籍し、弁護人の主張の内容と請求しようとする証拠を明らかにしなければならない。後半は連日開廷することを旨とし弁護人は努力してこれに協力しなければならない。弁護人が事前準備手続きや公判に出席または出廷しない時、途中で退席または退廷したとき、裁判所は別に弁護人を選任することができる。さらに、裁判所は、必要がある時は被告人に直接意見を聞くことができ、その場合は、弁護人に被告人と連名で意見を提出することを求めることができるとある。

 安田氏は、この刑訴法改正法案について、こう↓述べている。

 私たちの戦いは、完全に潰されてしまった。裁判所は、戦う弁護人とは別に戦わない弁護人を選任することができる。これは、弁護人抜き法案と実質的に同じである。弁護人は、検察官の主張立証を全面的に争う前から、自分たちの主張と証拠を明らかにしなければならない。連日裁判の下では時間に追われじっくりと争うことも不可能である。くじけそうになる被告人の意思を超えて弁護をしようとするとき、裁判所はこれに介入して弁護方針の変更を迫ることができる。

無罪推定の原則も検察官の全面的な立証責任負担の原則も、直接主義、口頭主義、公開主義の原則も、公正・公平な刑事裁判を支えてきたすべての原則が、ことごとく放擲されてしまった

 刑訴法改正法案で、被告人は圧倒的に不利な立場に追い込まれることになった。こういう法の下、裁判員制度は、素人の裁判員を交えて裁判が行われるわけだが、被告人の権利は、全く顧みられないこんな欠陥司法制度のもと、検察に起訴されてしまったら、無実であっても晴らすことは不可能だろう。素人の裁判員が混じったところで、なにもできるわけではないだろう。むしろ、素人の裁判員には何もできないだろうと思って、裁判員制度は導入されているのだろうと思うけど。こういう裁判の中身があって、「開かれた司法」「身近な裁判制度」といわれても納得できない。私たちは、裁判員になるばかりではなく、被告人になる可能性もある。

 また、裁判員に選ばれると、仕事を休んだりして連日の裁判に出席しなくてはならないことや守秘義務を課せられているということも考えると、国民にとっては、まったく何のメリットも見いだせない。ま、国民は、企業と法務省と裁判所と日弁連のダシに使われているだけなので、何のメリットもないのは当然ではある。

 それにしても、裁判員制度以前の問題として、検察の思い通りになるような司法制度に改悪して、恣意的な逮捕起訴がまかり通り、それに形だけの裁判をベルトコンベアのように粛々と進め検察の求刑通りにしてしまう国とは、国民を煮て食おうと焼いて食おうと検察の好き放題の国ということで、北朝鮮並みの恐ろしい国なのではないのだろうか。

 また、こちらの法務省裁判員制度コーナーのリンク集を見ると、検察庁ホームページ最高裁判所ホームページ日本弁護士連合会ホームページが、仲良く並んでいる。検察官と裁判官がお友達とは知っているけど、もしかして弁護士もお友達?日弁連も国策に取り込まれてしまっているとしたら、裁判員制度以前に、司法は相当深刻なことになっている。こんな司法では、被告人は、たまったものじゃない。

 とにかく、

 国民のための司法制度改革というなら、判検交流の禁止をして判事と検事の癒着を断ち切るとか、取調室の可視化を義務付けることや「人質司法」や、冤罪の温床とされる代用監獄をなくし、冤罪をなくす努力をすべき。

 そして、重大犯罪での刑事裁判では、高度な専門知識が要求される。そんな専門分野で素人が判断することは、素人がメスを持って心臓手術をするようなもの。そんなことが許されるはずがない。

 裁判員になることは、国民にとっては苦役でしかなく、主権者国民は裁判員制度を嫌がっているのだから、即刻廃止するというのが、民主主義国家というものだ。


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警察は、誰のために何のためにあるのか?

 デヴィ夫人が、19日、右翼団体から街宣襲撃といえばいいのだろうか、大音響で罵倒されたとのことで、夫人は、ブログにその時の様子をこと細かく書いている。

 夫人のブログによると、警察官は、大音響で悪口雑言三昧の右翼へ抗議に向かう夫人を力づくで押さえつけ、右翼が「てめぇ、刺すぞ!」と言っても、車を当ててきても、カメラを壊しても、一切何もせず、やりたい放題をやらせて、その後、デヴィ夫人を警察署へ連れて行って事情聴取をして、加害者にしようとしたとのこと。読めば、警視庁が、完全に右翼側に立っているというか、まるで右翼のガードマンのようにふるまっていた。

 警視庁は右翼に「許可証」を出しているということだから、右翼による特定の人に対する脅し嫌がらせをお墨付きにして、右翼は警察をバックにしていやがらせ行為を行っているということだと思う。

 そういえば、2009年04月11日、埼玉県蕨《わらび》市内で「犯罪フィリピン人カルデロン一家を日本から叩き出せ!」と主張するデモが行なわれ、カルデロン家の長女(13歳)が通う中学校の前をも練り歩いたということを、喜八さんのブログで知って、このような破廉恥極まりない卑劣漢のようなことが堂々とできる社会であることには恐ろしさを感じた。何の権力も持たない両親はフィリピンへ送還されたたった一人で残された弱い立場でしかない13歳の少女に精神的暴行を加えたこのデモ隊は、警察からの「許可」を受けていたのだろうか。そうだとすると、警察は弱い立場の人たちをいじめようとデモ隊をけしかけたと言ってもいいと思う。無許可でしたとしても、警察から許されると思ってしていることは確かだろうし、許していると思う。

 デヴィ夫人の一件にしてもやったのは右翼であるとしても、警察がやらせている。デヴィ夫人は、右翼よりも警察官に怒りを覚えたと書かれているが、もっともと思う。

 警察は、市民を守る正義の味方とはとても思えない。むしろ、市民を見張るためとか弾圧するためにあるのではないだろうか。

 実は、右翼や暴力団に警察が加担することは、ずーと前から行われていた。社会から排除された人々が集まる山谷には、暴動鎮圧及び日常的監視・抑圧装置ともいえる警察官50人ほどが常駐するマンモス交番があり、24時間監視カメラが日本で始めて取り付けられたのもここということで、徹底した労働者監視が行われていた。警察は労働者のすべてを把握し、新参者が入ってくるとすぐにわかるという。山谷は、巨大な収容所といってよさそうなところだ。ナチスにユダヤ人のゲットーがあったが、柵こそないが、それに等しいところと言ってよさそうな気がする。そこでは、警察が治安を維持するために暴力団と組んでいた。

 「「生きる」という権利」(安田好弘著)を読むで、山谷の人々の悲惨な状況が良くわかった。

 いまでは、小泉政権により労働規制が緩和され、日雇労働者が、製造業にまで及んで、ワーキングプアと呼ばれる人々が寄せ場だけでなく各地に出現しているが、高度成長期は、社会から排除された人々が山谷などに集まり、建設業界がそこに集まる人々を日雇労働者として使い捨てにしていた。どんな仕組みになっていたか、本から引用する。

建設業界の構造の頂点には、政府・政界と直結した巨大な建設資本が君臨し、そこには、ほんのわずかな数のエリート・サラリーマンがいて、その下に下請けがあり孫請けがあり、さらにその下に、ピンハネ(搾取)が行われる。政府が発注する工事の労働者の単価は一日一人あたり一万数千円。これが、山谷だと一万円を切ることになる。ひどい飯場では数千円になる。建設業は、彼らを組織の縦構造から排除しつつ利用することで、膨大な利益を上げ、労働市場のバランスを取っていたのである。

 今では、労働基準法違反ハケン業がどうどうとピンハネ営業しているありさまで、労働者の基本的人権は踏みにじられているが、建設業界では、ずーと前から、ピンハネ業を暴力団が行い、人権は踏みにじられていた。建築業界では、用心棒「棒心」として暴力団を雇っていた。

 山谷では、どのような無茶苦茶が行われていたかというと、また、本から引用すると、

 大手ゼネコンである前田建設が請け負った葛西の下水道処理場の工事現場で労働災害が起こった。建設資材が山谷の労働者の足の上に落ち足の甲を骨折したのである。その労働者が、補償を求めて、前田建設の孫請けである最上鉄筋の現場事務所に出かけて行った。すると、「棒心」が出てきて、労働者を事務所の裏に連れ込んで袋叩きにして追い返した。ただ追い返せば労働基準監督所にかけ込まれ労災事故があったということが分かって調査の対象になるし、労災が認められれば労災保険が適用されてその後の保険料が上がってしまう。だから暴力で労災のもみ消しをしようとしたのである。

 その被害者が、山谷の労働組合に助けを求めてきた。そこで組合は、会社側に団体交渉を通告し、山谷の街頭で労働者に呼び掛け、集まった50数人で現場事務所に押し掛け、大衆団交に入った。会社側はぼうしんでは対抗できないと考え、警察に助けを求めた。しかし非は明らかに会社側にあるのだから、警察も正面から出てくることができない。そこで、組合側の日雇い労働者が会社側と机を挟んで交渉する部屋の、隣の部屋に隠れて待機した。部屋は、労働者であふれていた、壁に大きなカレンダーが張ってあった。一人の労働者が壁にもたれかかったら、カレンダーがストンと落ち、大きな穴が出現した。穴の向こうに警視庁の公安の刑事が身をひそめていて、録音テープを回していた。

 現場は騒然となった。その途端に、敷地の外で隠れて待機していた機動隊が事務所になだれ込んできて、現場にいたほとんどの労働者の身柄を拘束し、組合の活動家を選別して彼ら十数人を、公務執行妨害という名目で逮捕し勾留したのである。

 とか、次のようなこととか。

 半タコ飯場とは、いわゆる労働者派遣業だが、山谷で集めてきた労働者を飯場に雇い入れ、半監禁状態にして、3~4週間の年季(契約期間)が明けるまで、外に出ることを許さないで働かせる。しかも、元請から出る一日1万円から1万2000円ほどの日当を、労働者には6000円~7,000円しか払わず、ピンハネする。それだけではない。労働者は現場と飯場を往復することだけしか許されず、酒を買うのも飯場の中の「売店」で、しかもしかの1.5倍もの値段で買わされる。さらに食事・宿泊代を取られ、彼らにはわずかなカネしか残らない。雨が続いて仕事がなかったりすると、天引きされた賃金より食事・宿泊代の方が多くなって、借金まで背負わされる。年季が明けるまで賃金は支払われないため、途中で逃げ出すこともできない。当時、あちこちにそうした半タコ飯場があった。労働組合は、出かけて行って経営者と団体交渉をし、労働条件の改善を約束させるという運動に取り組んでいた。

 ある時、二人の労働者がそうとは知らずに、足立区にある山村組という半タコ飯場に雇われていった。半タコ飯場だと気付いた彼らは、そこから逃げ出そうとした。飯場を出たところで、棒心に発見されて連れ戻され、来ていた服を取り上げられ、パンツ1枚にされて放り出された。この二人から相談を受けた組合は、数人の暴力団員が棒心として雇われているとの情報を得て、角材やバットを用意して深夜、飯場を吸収して食堂を占拠し、山村組の経営者を連れ出して団体交渉を行った。経営者は、飯場の労働者全員の前で自分の非を認めて謝罪し、労働条件を改めることを約束し、二人の労働者に対しては慰謝料を支払った。

 これは労働争議としては大成功だったのだが、話を聞き付けた警視庁と東京地検の公安部は、飯場の経営者に被害届を出させ、二人の労働者も捕まえて虚偽の供述をさせて、監禁・恐喝事件に仕立て上げ、組合の活動家全員を逮捕し、起訴した。寝ていた飯場の経営者をたたき起して食堂に連れてきて団体交渉に応じさせたことを「監禁だ」とし、二人の労働者に一人10万円の損害賠償金を支払わせたことを「恐喝だ」としたのである。

 結局、裁判所も労働者の権利など全く認めず、全員が有罪判決を受けたとのこと。労働者が労働運動をするのは、労働者に与えられた当然の権利だが、それが、警察や検察によって封じ込められていく。こうしたことが、公然と山谷では行われていた。

 建築業界と暴力団と警察は、グルになって、労働者を搾取・抑圧・弾圧をおこなっていた。裁判所もグルといってもいい。

 山谷という特別な地域でこのような人権侵害が行われていたが、おそらく、皆さんはご存じなかったことだろうと思う。私も初めて知った。しかし、山谷で行われてきた不当な弾圧は、私たちに対しても行われることである。いまは、そういう段階にきているように思う。

 現に、デヴィ夫人は右翼の攻撃を受けたし、のり子ちゃんは、嫌がらせデモ隊の攻撃を受けた。これは、警察の有形無形のバックアップによって支えられている。

 憲法に定められた国民の権利は踏みにじられている。私たちは、企業のためにあるのでもなく、官僚のためにあるのでもない。現在のような「官僚」や「企業」の使われ者みたいな政権では、私たちの人権は踏みにじられるばかり。

 警察や・検察・裁判所をまともに機能させ、私たちが安心して暮らすために、次期衆院選では、必ずや自公政権を降ろし、野党政権を樹立しなくてはいけませんよね。

 小沢民主党、応援してます。社民党と国民新党も応援してます。頑張ってください。

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検察とマスコミが事件を作る(耐震強度偽装事件)

 ブログ更新をしばらくご無沙汰してます。

 フリージャーナリスト魚住昭氏が書かれた、または、関わった本を3冊読んで、魚住氏が書中に紹介していた本を読むという具合で、今もまた読書中です。

 読み終わったのは、官僚とメディア(魚住昭著)、国家とメディア(魚住昭著)、沈黙のファイル「瀬島龍三」とは何だったのか(共同通信社社会部/編)の3冊。

 これらを読んで、第一の感想が、警察検察、司法、マスコミにずいぶんと騙されていたというか嵌められていたもんだなぁということ。大げさに報道された事件ほど、真実は別にあったりする。事件のニュースは見聞きしているが、ちょっとおかしいと思いつつも、なんとなく納得していたものが、巧妙に偽装され誘導されたものだったとわかった。

 特に驚いたのが、「官僚とメディア」に書かれていた耐震強度偽装事件の真実

 この事件は、私も「きっこの日記」にかじりついて、毎日、毎日、成り行きを追っていたものだった。そして、耐震強度偽装事件は、ディベロッパーのヒューザーゼネコンの木村建設「黒幕」の総研(経営コンサルタント)の「悪のトライアングル」による犯行だと、この本を読むまで確信していた。それが、なんと、事実は、姉歯秀次一級建築士の単独犯だったとは、驚いたのなんのってない。

 この事件のさなかに森田設計事務所代表・森田信秀(当時55歳)が、

 「これだけは言っておきます。姉歯の計算書偽造は全く知りませんでした。これはヒューザーの設計三社、木村建設も同じだと思います。こんなことを知っていて、隠すばかがどこにいますか。報道により世の中が姉歯の仲間と思っていることに耐えられなくなりました。日々、姉歯の不正に対する処理に追われ、対応が追いつかず、後手、後手に回り、他の設計三者にも迷惑をかけそうです。先のことを考えるともう無理です。」

 という遺書を残して消息を絶ち、2日後、鎌倉市稲村ケ崎の鎌倉海浜公園の崖下約20メートルの波打ち際で遺体が見つかった。

 この遺書の内容が、この事件のすべてだったのだが、魚住氏もこの遺書の内容を初めて知ったのは、森田氏がなくなってから約1ヵ月半もたってからで、

 なぜか、新聞や週刊誌で報じられたのは、この遺書の全文ではなく、後段の

 「姉歯の不正に対する処理に追われ、対応が追いつかず、後手、後手に回り、他の設計三者にも迷惑をかけそうです。先のことを考えるともう無理です。」

 の部分だけだったという。

 なにゆえ、前段が報道されなかったのかと考えると、マスコミは自分たちの報道が森田氏を自殺に追いやったと思われる内容を報道したくなかったとか、あくまでも「悪のトライアングル」のシナリオで世論を誘導したいがためだったのか。ま、両方だったんだと思う。

 事件は、能力もないのに、鉄筋を少なくしても耐震性のある大分工法をマネしてデータ改ざんをしてしまった姉歯一人が起こしたものだった。それも、とりあえず、確認に出しておいて、確認が下りる前にデータの差し替えは、普通一般的に行われているものだそうで、本式に審査されるまでにデータを差し替え、正しい?値に変更しようと思っていたものが、通ってしまったというもの。

 これが、耐震偽装マンションができた真実だが、姉歯の「木村建設の要求が厳しくて」というウソがもっともらしかったというのもあり、「事実は小説よりも奇なり」と言われるように事実は複雑怪奇なはずと思いがちで、事実の方が単純な間違いだっただなんて期待外れすぎと考えたか、それはわからないけど、捜査機関とマスコミは、この事件を「悪のトライアングル」に、見えるように偽装した。

 魚住氏によると、

 警視庁や神奈川県警などは合同捜査本部を設置し、警察官500人を動員して大がかりな捜査体制を敷いた。この捜査を指導する立場にある東京地検も刑事部を中心に検事10人を集めて異例の捜査班(朝日新聞より)を設置した。

 当局が当初描いた事件の構図も、マスコミ報道と同じく「悪のトライアングル」による組織的な詐欺事件だった。だが、関係者の会社や自宅などから押収した資料の分析や、関係者の事情聴取の結果、すべての証拠が「姉歯の個人犯罪」を指し示しているということが次第にわかってきた。

<省略>

 本来なら、真相に気付いた時点で捜査本部の体制を縮小し、姉歯一人の立件で捜査を終えるべきだった。だが、東京地検や警視庁はそうしなかった。その理由はおそらく二つある。一つは「悪のトライアングル」の構図を信じ込むマスコミや世論がその結論を歓迎しないことが目に見えていたからだ。

 もう一つは、いったん大がかりな人員を投入した以上、理由はどうあれ、何も成果があげられなければ、彼らの官僚としての地位や評判に傷がつこと考えたからだろう。

 そこで彼らは事件の登場人物を根こそぎ逮捕する道を探った。容疑は何でもいい、とにかく事件の登場人物を逮捕して、法の裁きを受けさせればいいのだ。そうすれば、マスコミは大騒ぎするだろうし、自分たちが世論の非難を浴びることはない。うまくすれば「よくやった」と褒めてもらえるかもしれない。

 ということ。

 私は、世間が姉歯の単独犯で納得しないだろうというよりは、捜査当局もマスコミも「悪のトライアングル」としての大がかりな捜査や報道をしてしまったのに、単純な間違いによる事件だったのでは、した仕事が無になるし、下手すると捜査側とマスコミの人権侵害が問題とされるのではないかと恐れたからではないかと思う。自殺者も出ている。それで、捜査当局とマスコミどちらもが、見込み違いを認めず、最初考えたストーリー通りの事件に見えるように仕立て上げていったというものだったと思う。おかげさんで、私などは、この本を読むまで、「悪のトライアングル」だったと信じてましたわ。

 こういう事件の仕立て方は、小沢氏の秘書氏逮捕についても同様だ。大掛かりな捜査をしてしらみつぶしに調べ上げても小沢氏に不正な事実はなかった。が、逮捕した秘書氏には何でもいいから罪状を作り、あとは、マスコミ報道により、その罪が、地検が作ったシナリオ通りに見えるように事件を偽装する。姉歯は、強度を偽装したが、警察・検察・マスコミは、事件を偽装している。小沢氏秘書の一件には、さすがに、騙されずに気付いた人が多かった。私もこの事件で検察とマスコミの異常さにハッキリと気がついた。でも、村上ファンドの村上世彰氏やライブドアのホリエモン逮捕もこれまた検察の暴走とマスコミの狂騒だったとは、この本を読むまでわからなかった。

 耐震強度偽装事件は、少々古くなった事件の感があるが、すでにこのころから、実はもっともっと前からだけどね、地検や警察の捜査とマスコミのありようは、事実や真実を追求することではなく、見込み違いを認めず、別件逮捕をして、別件でありながら見込み通りの事件のようにマスコミ報道で偽装して国民を騙すことになっていた。

 こんな人を捕えるための捜査やマスコミ報道が行われることに、国民は納得するものなのだろうか?納得するどころか、これは、恐ろしいことですよ。逮捕するほどでもないことで逮捕され拘留される人の人権は一体どうなるのだろう?不当逮捕・起訴を正当化しようとする検察やマスコミの報道こそが、重罪じゃないだろうか。

 事件の登場人物になっただけで、逮捕され犯罪者にされてしまうとは、恐ろしすぎる。

 検察・警察・マスコミは、真実を追求しようとしていないどころか、事件を偽装する組織だった。

 建築物構造専門家によれば、補強工事で済むものを、国交省は倒壊の危険ありとして立ち退き命令を出したので、耐震偽装被害住民は、国交省役人の不手際による被害も受けるというおまけも付いてきた。国交省の役人は、最初に、イーホームズの藤田社長が、姉歯によるデータ改ざんを通報した時、当事者間の問題としてまともに耳を貸さなかったというから、公僕でありながら国民の方を向いて仕事をしていないことが明らかになっている。さて、彼らは、何やってんですかね?

 結局、ヒューザーの小嶋社長や木村建設の幹部やイーホームズの藤田社長は、道義的責任はあるにしても、事件にまったく加担していなくて、姉歯の被害者であるにもかかわらず、それぞれ取るに足りない別件で逮捕され、刑事罰を食らうことになった。そして、マスコミが、「耐震偽装事件」での立件だったかのように偽装報道をした。

 このような恣意的な捜査が行われ、マスコミが補完するような状態で、犯罪らしい犯罪をしていなくても犯罪者にされてしまうような状態だが、裁判員制度が、もうすぐ始まろうとしている。取調室の可視化も行われず、証拠も弁護士に提示しないというし、これは国家とメディアを読んで知ったことだが、なんと判事が検事となり検事が判事となる判検交流をしていて、司法と検察が仲間となっているなんてこともあり、被告人にとって、こうした状況は裁判になる前に犯罪が確定しているというものではないだろうか。そして、マスコミが犯人としての世論作りをする。無罪推定は、絵に描いた餅となっている。

 しろうとの裁判員が、こうした状況を喝破してまともな判断が下せるなんてことはあり得ない。洗脳されるまま結論へと導かれるだけだろう。

 官僚とメディアをお勧めします。国家とメディア沈黙のファイル「瀬島龍三」とは何だったのかも機会があればぜひお読みください。この国のありようがよくわかります。

 最高裁の裁判員制度のタウンミーティングが、サクラを雇ってやらせで行われた事件の真相については、次回に譲ることにします。

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かんぽ生命旧郵政時代の書類処分!

 「敵失が 敵矢に見えて 納得し」

 「自民党が敵失で支持率を上げた」みたいな記事の「敵失」を「敵矢」と読んで、こんな正直な記事書くか?なんて思いつつ、でも、いまだに、「敵失」が「敵矢」に見える~(笑)。

 だいたい、東京地検特捜部が事件をでっち上げ、無実の人間を拉致監禁しているのに、「敵失」は、ないでしょ~。「強盗の被害にあった人を強盗呼ばわり」するようなもんでしょ。だから、「敵失」なんてとんでもない言葉は、「敵矢」とどうしても私の頭で変換しちゃうみたいね。
 それはそうと、小沢氏秘書の大久保さん大丈夫なのでしょうか。もう1か月以上も拉致監禁されていることになります。心配しています。

 「権力は マスコミと組み 罪作る」

 さて、今日の毎日新聞朝刊トップは、「かんぽ生命:公社発足前の書類処分 「不払い」検証不可能」。これは、毎日のスクープらしい。

 旧日本郵政公社時代の簡易生命保険金に多数の不払いの可能性がある問題で、03年4月に郵政公社が発足する以前に支払われた保険金の関連書類がす でに処分されて残っていないことが9日、分かった。日本郵政グループのかんぽ生命保険は、03年4月から07年9月末までの郵政公社時代に最大80万件の 不払いがあるとみて調査中だが、旧郵政事業庁時代までさかのぼって検証するのは不可能。調査中書類は保管期限が来てもマイクロフイルムなどで永久保存している」(大手生保)などと、かんぽ生命の対応に疑問の声も出ている。

 また、総務省は簡保事業を引き継いだ独立行政法人「郵便貯金・簡易生命保険管理機構」に対し、保険金不払いの実態を5月末までに報告するよう求めた。同省の滝野欣弥事務次官が9日の会見で明らかにした。【井出晋平、中井正裕】

 やられましたね。旧郵政事業庁時代02年度以前の「不払い」は、保存期間期限切れとして証拠隠滅して、オイシクいただかれたってことでしょ。

 本日夕刊によると、07年5月、日本郵政の西川善文社長が簡保についても調査すると表明した時点で、02年度の書類は保存期間であり、調査終了するまで保存が可能だったのに、期限が過ぎたからと処分したとのこと。02年度だけでも加入者の40万件の死亡が届けられているという。これは、杜撰な無責任な管理というよりも意図的な処分が行われたと言っていいのじゃないだろうか。

 郵政民営化の意図するところは、契約者に真面目に応えようとするものではなく、かんぽの宿の例を見れば利用者からの収奪が目的なのだから、期限切れなんて日本郵政にしてみれば合法的に私物化できるというものじゃないだろうか。ホントに、隙あらば私物化しようとしているこのような会社に大金を預けるというのは危険極まりないとことだと思う。

 また、保険金不払い問題:目立つ加入者軽視の姿勢を読むと、

 西川社長が調査するというパフォーマンスをしただけだということがわかる。加入者には一切、不払いに関する説明をせず、「コールセンターの人員が足りず、問い合わせが殺到すれば、通常業務に影響する可能性があった」なんていいわけを言っているが、こんな言い訳が通るとでも思っているのだろうか。民間の生命保険会社は、金融庁の調査命令を受けて通常業務をしながら必死でやったはず。

 旧日本郵政公社時代の簡易保険契約は、「郵便貯金・簡易生命保険管理機構」が引き継ぎ、総務省が監督しているということで、金融庁の管轄ではない。現在の調査は、↓の状態。

 調査着手から約2年が経過した現在も、「社員による契約内容の調査を続けている段階」にとどまる。対策が急がれるが、具体策は固まっておらず、対応の遅れが目立っている。


 これは、総務省がなめられていたか、総務省と慣れ合っていたということなのだと思う。そもそも、総務省自体に、契約者を重んじる考えがあったのだろうか。

 ちなみに、2007年4月段階での総務相は、菅義偉氏。竹中平蔵氏から総務相を受け継いでいる人だから、それなりの人なんだと思う。余談だけど、この人を某所で演説しているところを見かけたことがある。内容は日教組の悪口ばっかりで、どうやら日教組を撲滅するのがこの人生涯の目標らしい。

 ところで、この「不払い」を調査するのに、100億円費用がかかるということで、この100億円が疑惑の使われ方をしないかとの注意も必要ではないだろうか。そのくらいこの日本郵政のすることには、注意を払ってもらいたいと思う。

調査は、支払い書類をデジタル化する入力作業を外部委託するとともに、目視による点検作業のために派遣社員数百人を雇用。支払いを査定するための電子システムも約35億円で外部に発注した。

 書いている間に、読売では、「簡保の不払い・未払い、調査だけでも300億円」と出ていた。ますます、この使い方に目を光らせてほしい。

 鳩山邦夫総務相は、下記のように述べたそうで、これは、まともな感じを受けた。

「かんぽ生命が国民の信頼を失わないよう、全力を尽くすし、尽くさせる。私が約束する」と強調した。

 また、解約還付金などを請求しないまま住所が変わった加入者への支払いが困難になるとの見通しを述べ「全力を尽くして探すが、ぜひ請求を」と協力も呼びかけた。

 「友人の友人はアルカイダで、バリ島の事件にも関与していたらしい」とのチン発言で知られる鳩山氏だけど、ちょっとおかしい人を演じていたのでしょうか?

 とにかく、日本郵政が、今のまま西川善文社長体制にゆだねられていることは、利用者として、とても不安なので、できるだけ早く、社長以下役員を総入れ替えてほしい。そして、民営化の凍結も宣言してほしい。こんな信用ならない日本郵政には、それが妥当な判断処置というものだと思う。こういう観点から見ると、鳩山総務相も全く頼りになっていない。

 と、いうことで、

 とにかく、次期衆院選では、政権交代を果たしましょう!

 自民党政権では、私たちの将来はありません。

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官僚支配を終了させ、国民主権を手に入れよう!

 久々の更新となります。こんだけ間が空くと、なんだか記事を出すのが気恥ずかしいですね。

 久々の ブログ更新 びくびくと

 本日の毎日新聞夕刊に、国会ツアーが人気とあった。その理由が、西松建設の違法献金事件で、国民の政治不信が募ったからのように書いてあって、御用マスコミとして、違法でないものを違法と読者に思いこませようとの必死の世論誘導をしているなと思った。

 事実は、西松献金での小沢氏秘書逮捕起訴事件は、東京地検特捜部の言いがかり不当逮捕起訴事件というべきもので、ありもしない違法事件をでっち上げた地検特捜部こそ追及するべきものであるのに、地検と一体化して、読者に違法との刷り込みを行おうとするとは悪質である。

 国会ツアーが流行っているとしたら、漢字も読めない麻生首相のもとでの、国会運営を心配してと考える方が、ぴったりくると思う。

 ま、しかし、東京地検が、小沢氏を狙い撃ちにし、マスコミが地検の番犬として、小沢氏へ一斉にしつこく吠えたてたことで、気がついたことがあるので、これは、地検とマスコミに感謝すべきかな。

 何に気がついたかって言うと、小沢氏が、私たち国民にとって非常に大事な人だってこと。

 小沢氏は、 【小沢氏会見詳報】(3完)公務員改革「基本的に統治の仕組み変えるのが私の考え方」(31日午後)と、おっしゃっている。

 

 ――今日、政府が政治主導の人事を目指して、内閣人事局の設置を盛り込んだ国家公務員法の改革関連法案を閣議決定したが、この政府の法案をどのように評価するか。民主党内には中央省庁の政治任用を求める意見があるが、どのような仕組みがいいと考えるか

 「あの、人事局を作る作らないというのは、どのよう紙だか、僕も正確に検討しておりませんので、分かりませんが、役所でもって作ってきたやつでは、大し た効果は上がらないと私は思っております。基本的に統治の仕組みを変えるのが私の考え方です。んー、霞が関の中央集権的なカネも権限も全部、霞が関で最終的に握っていると、こういう仕組みがいろんな矛盾を引き起こし、そして、機動的な対応ができなくなっている。あるいは、地方がどんどん過疎化して疲弊し てって、中央だけが肥大化すると。こういうことの根本の原因だと思いますし、官僚支配の一番の根源はこのお金と権力を一手に集中させていると、こういう仕組みだと思っておりますので、これを根本的に変えたいというのが、われわれの考え方ですので、既存の統治の仕組みを前提にして、人事をただいじくり回すだ けでは意味がないというふうに私は思っておりまして、それでは、官僚優位の、支配の、この国の体制を変えることはできない、そういうふうに思っておりま す」

 小沢氏は、統治の仕組みを根本的に変えることを考えている。

 閣議決定された「国家公務員法の改革関連法案」について、霞が関に権力とカネが集中している状況を変えないで、人事をいじくりまわしてもしょうがないとおっしゃっている。

 まことにその通りでありますね。

 今の日本は霞が関官僚が権力とカネを握り、与党政治家なんて、官僚の思い通りに踊らされたり、官僚が作った法案を通すために存在しているようなものなのだから。

 こんな官僚の人形が、官僚の人事をいじくりまわしたところで、官僚の思い通りの人事しかできないってもんだ。自民党では、公務員制度改革など無理な話なのだった。

 まぁ、なんともですね、霞が関官僚は、ホントは国家公務員で公僕のはずなのに、さまざまな許認可権を握り、交付金や補助金を持ち、また、国会の審議を経ずに、省令、通達、行政指導という権力を行使できるという、公僕どころか、権力者として国民の上に君臨している。

 日本社会の現実を見ると、なんと公僕は権力で、国民は公僕の下僕なのである。もしかして、笑い話なの?いや、笑えないけど。日本は、公僕が主権者国民を支配しているという、世にも不思議な民主主義国家(タテマエ)なのだ。

 何で、こんなことになったかというと、明治維新まで遡る。

 こちらに詳しく書かれていますね。

 フランク・ザッパに私流に説明すると、

 明治維新以後、戊辰戦争の功労藩閥による支配が確立していた。1881年国会が創設され政治家が選出されるようになっても、藩閥により採用された官僚が実権を握り、その官僚の実権を脅かすような大物政治家が現れると、「金まみれスキャンダル」(現在小沢氏が襲われているようなもの)や「暗殺」などで抹殺して、官僚機構は政治の実権を維持し続けてきた。

 敗戦後も官僚機構は、GHQ時代をしのぎ、戦前の旧体制のまま存続に成功。憲法で官僚は公僕とされたが、GHQ退後、憲法の骨抜きをちゃくちゃくと進め、今ではすっかり権力とカネを霞が関に集中させ、与党政治家を官僚の操り人形に仕立て上げ、国民支配に成功。官僚機構が、戦前の旧体制のまま残ったのだから、官僚機構とマスコミとの関係もそのまま存続したと考えられる。今日の大本営発表も戦前から引き継いだものといえる。

 日本が戦争の総括ができないのは、戦争を引き起こした官僚機構が、そのまま統治しているからなのですよ。自分たちが起こした戦争の反省などできるわけがない。

 とにかく、私たちは、戦前の官僚機構に支配されているということに気付いた方がいいでしょう。

 そして、官僚が私たち国民の上に君臨している現実は、主権在民をうたう憲法が、もうすでに形骸化させられているということ。権力者官僚は、憲法を守る気はないでしょう。

 それで、よく考えてもらいたいのだけど、明治維新も一般国民はなにも関与していないし、戦後得た平和人権憲法も日本人が作成したとなっているが、あくまでもGHQの下で作られたものである。一般国民の血と汗と涙の結晶ではないのである。私たちは、上から民主主義を与えられたのであって、守る努力もせず無関心のまま過ごしているうちに、官僚により、その平和人権憲法は、すっかり骨抜きされ、人権も平和も侵されつつある。

 小沢民主党代表は、権力とカネを集中させている霞が関の国民支配統治構造を変えると言っているので、これは、霞が関から権力とカネを取り除き、政治家が国民のための政策実現のため官僚を手足のように使うという仕組みに変えるということだ。

 これは、官僚にとっては、官僚機構が死守してきた支配構造を失うことであり、権力者から公僕へ転落することであり、明治のころから、そうした政治家が現れると葬り去ってきたから、同様に、小沢氏を失脚させようとマスコミを使って「金まみれスキャンダル」で執拗に攻撃しているのである。

 現在、行われている小沢氏への攻撃というのは、官僚機構の支配構造の維持のためであり、国民主権を許さないということなのだよね。だから、小沢氏への攻撃というのは、私たちに対する攻撃と言える。

 主権者国民が公僕霞が関の下僕として存在し、カネと権力の元に逆らえないという状況が、さまざまな社会の歪みを作りだしている。

 予算を立てるのも官僚なら使うのも官僚。法案を作るのも官僚。省庁は、国民から税金や保険料として莫大なお金を集めて、省益に従って、予算を作り法案を作るわけで、その利権に政治屋や民間企業がすり寄ってくる。霞が関に権力とカネが集中していることが、利権政治家や民間企業との癒着を生む元となっている。与党政治家は、権力も金も省庁に握られ、おこぼれ頂戴の利権政治家や単なる議決要員となり、国民の税金や保険料は、官僚に好き勝手に使われ、与党政治家からチェックはあるはずもなく、その使い道に国民の意思は全く反映されない。

 与党議員の国会答弁は、官僚が作った作文であり、それは漢字が読めない首相が出てきてわかりやすかったと思うけど、国会は、多数派を占める与党が、官僚の使徒として存在し、まったく機能せず形骸化している。与党政治家は、国民のために働かず官僚の意のままになっているが、そのような与党議員に漫然と票を与え続けているのは、国民であり、官僚支配を支えているのが、国民だと言える。

 小沢氏が、地検やマスコミに攻撃されている今が、私たちが国民主権を得るか、官僚支配を許すかの瀬戸際だと思うよね。

 ぜひ、国民が一致団結して、小沢氏と共に戦って、国民主権を確実なものとしたいと思う。

 平成維新を国民の手で行いましょう!

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