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2011年8月

2011年8月29日 (月)

福島第一放出セシウム137 広島原爆168個分。知らされず浴びたというのは棄民でしょう。

 今日の民主党代表選には、がっくりでしたね。NHKもここまでするのかと驚きましたよ。

NHKが大誤報:馬渕候補は決選投票になったら海江田候補以外に投票するよう支持者に言ったとNHKは伝えたがこれはウソだった。実際は馬渕氏は自分の考えに近い海江田氏に投票するよう支持者に伝えていた。 NHKは誤報で選挙に手をつっこんだ。ジャーナリズムにあるまじき報道だ。



 意図的、故意としか思えませんね。そもそも、内容的に、決選投票前に言うべきことじゃないんだから。馬渕さんの演説は立派ですばらしかった。馬渕さんが首相にふさわしいと思ったものだけど、NHKが流した誤報とやらで、私の評価は急転直下に落ち、卑劣漢と思ってしまったほどだから、馬渕さんの人格を卑しめる役目も果たしてます。馬渕さん済みませんでした。NHKはよい番組を制作もしますが、ニュースや政治番組はまったく低俗で卑劣です。まるで、ジキルとハイドなNHK。


 さてさて、むかつく気持ちを押さえて、次いきます。
   

 後方に紹介する東京新聞の記事は、漢数字ではわかりにくいので、アラビア数字に置き代えて、要点だけを書き出しました。

 福島第一原発1~3号機事故と広島への原爆投下で、それぞれ大気中に飛散したセシウム137の放出量を単純比較すると、福島第一原発からの放出量は広島原爆168.5個分に相当する。

 セシウム137の放出量は、福島第一原発1~3号機が15,000テラベクレル(テラは一兆)、広島原爆が89テラベクレル。

 福島事故で大量に飛散したヨウ素131(半減期約8日)は、福島が160,000テラベクレル、広島が63,000テラベクレルで、福島は広島原爆約2.5個分。半減期が約28年と長く、内部被ばくの原因となるストロンチウム90が、福島が140テラベクレル、広島が58テラベクレルで、広島原爆約2.4個分とな る。



 こういう事実が明らかになったことは、原発に近く風下に当たるところに住んでいる人は、実に広島原爆168.5個分の死の灰を浴びさせられていたということなのじゃないでしょうか?原発近く、福島県の方だけではなくて、原発から放出された恐るべき濃厚な放射能を含んだ雲風が回ったところ、宮城県も茨城県も栃木県も山形県も群馬県も東京都も神奈川県も、その他、もたっぷりの放射能を浴びせられたってことでしょう?ここにあげた以外の地域でも、徐々に薄められてはいっても放射能を浴びせられてます。日本中に放射能汚染が回されていたと言っていいと思います。

 枝野官房長官発言は、3月12日午後3時36分ごろ1号機が爆発してから、それまでは、3キロ圏内退避で10キロ圏内屋内待機だったのを、たったの10キロ圏内退避指示→20キロ圏内避難指示に改めた。そして、放射能については想定される数値内としていたし、安全については万全の措置を講じているとしていました。 福島第1原発から半径20~30キロ圏内の住民に自主避難を促したのが、何と3月25日!しかも自主避難だったのですよ。

 原発が次々と爆発していたとき、speediのデータが隠ぺいされ、アメダスも消されて放射能の流れがわからないようにしておいて、「安全です、デマに惑わされないよう公共からの情報を信じて行動しましょう」とか、言ってました。

 福島県の人たちは特に濃厚な放射能を、関東に住む私たちは、濃厚な放射能を浴びせられましたね。知らせてもらっていれば、被ばくを最小に抑えることはできたと思います。でも、政府の「安全デマ」により、無防備にたっぷりと被曝しちゃってます。

 政府にとって重要なことは、事故を小さく見せることであって、それは費用を抑えるためであって、だから、安全と思わせることであって、データを隠蔽することなのです。大切なのは国民の命じゃないのですよね。自分たちが利権ルートで使う財源を国民なんぞに回すことのないようにしているのです。今回の原発事故で、棄民されたのは何も福島県民だけではありません。日本国民全員が政府により棄民されていたのです。これから、何があっても棄民されるのは確実でしょう。


 原発作業員が使い捨てにされている現実も判明しました。東電役員社員は、本社東京でぬくぬくとして高給もらっているだけでしょう。危ない現場は、協力会社という下請けに丸投げして、原発のことなぞ何も知らないのだと思うわね。フリージャーナリストの小原氏が原発作業員の振りをして原発作業現場を撮影。作業員がどのような作業をしてどのような待遇を受けているかを取材。まずドイツで報道されました。twitterから得た情報です。

【twitter情報】

http://twitter.com/#!/rolling_bean/status/107631214797660160

皆さん、これご存知でしたか? 【拡散希望】ドイツのテレビでこんなのバラしました! 日本のマスコミは外圧がなければ何もできませんね!福島第一原発に潜入撮影 

 


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 

 政府が、東京電力福島第一原発の1~3号機事故と、一九四五年の広島への原爆投下で、それぞれ大気中に飛散した放射性物質の核種ごとの試算値をま とめ、衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会に提出していたことが分かった。半減期が約三十年と長く、食品や土壌への深刻な汚染を引き起こすセシウ ム137の放出量を単純比較すると、福島第一原発からの放出量は広島原爆一六八・五個分に相当する。

 福島第一原発事故は今年六月の国際原子力機関(IAEA)閣僚会議に対する日本政府報告書、広島原爆については「原子放射線の影響に関する国連科学委員会二〇〇〇年報告」を基に試算されている。

  セシウム137の放出量は、福島第一原発1~3号機が一万五〇〇〇テラベクレル(テラは一兆)、広島原爆が八九テラベクレル。このほかの主な核種では、福島事故で大量に飛散したヨウ素131(半減期約八日)は、福島が一六万テラベクレル、広島が六万三〇〇〇テラベクレルで、福島は広島原爆約二・五個分。半 減期が約二十八年と長く、内部被ばくの原因となるストロンチウム90が、福島が一四〇テラベクレル、広島が五八テラベクレルで、広島原爆約二・四個分とな る。

 ただ、政府は特別委に対し、福島事故と広島原爆との比較自体には「原子爆弾は爆風、熱線、中性子線を放出し、大量の殺傷、破壊に至らしめるもの。放射性物質の放出量で単純に比較することは合理的ではない」と否定的な考えを示している。

 試算値は川内博史衆院科学技術・イノベーション推進特別委員長が八月九日の同委員会で「広島型原爆の何発分かを政府として正確に出してほしい」と要求していた。

(東京新聞)

2011年8月27日 (土)

アメリカから脱原発は始まっている。電気料金「総括原価方式」を止めれば、日本も脱原発へ向かう。

 23日午後1時51分(日本時間24日午前2時51分)、米東部バージニア州ミネラルを震源とするマグニチュード(M)5.8の地震(規模としては114年ぶり)が発生し、同州中部にあるノースアンナ原子力発電所が外部電源を失った。非常用のディーゼル発電機を使って冷却機能を維持し、23日夜には外部電源が復旧した。

 そして、ノースアンナ原発の1基が、大量の水蒸気をベントしていた。大量の水蒸気が発生した基については、非常用電源がすぐには使えなかったということを表しているんだろうなと思う。圧力容器からの水蒸気だから、放射能をたっぷり空気中へ排出した。

 ノースアンナ原発は、GE製の沸騰水型ではなくて、ウェスチングハウス製の加圧水型を採用だった。前にGE製だろうと書いたので、この点は訂正ですね。原子炉2次冷却水を冷却するために人工湖を造っているので冷却水系で排出される可能性のある放射能についてとりあえず考慮されている、ちょっとだけおためごかしという感じ。運営者は、ドミニオン・バージニア州電力公社及び、オールドドミニオン電気協同組合。

 運転開始は、1号機1978年、2号機1980年。2003年3月に、運転免許の20年延長が認められ、運転終了は、それぞれ2038年と2040年に。こりゃ、びっくりだ。現在でも築33年と31年と老朽原発なのに、スリーマイル島事故以来新設できないので、老朽原発の寿命を延ばしたということらしい。老骨に鞭打って、まだまだ頑張らせる。長年の中性子照射で傷んでいる原子炉はもとより、システム自体が古いという欠陥を持っているのに、まだまだ30年近く頑張らせるとは、将来的に事故を起こさないと考える方が難しい。

 

ウォール・ストリート・ジャーナルによると、

 【ワシントン】米原子力規制委員会(NRC)と電力大手のドミニオン・リソーシズは、23日にバージニア州ミネラルを震源とするマグニチュード (M)5.8の地震が発生したことを受け、同州中部にある同社のノースアンナ原子力発電所がこうした地震に耐えられるよう設計されていたか判断するため調査を進めている。

 今回の調査は将来の地震に対する同原発の耐久能力に焦点を当てるもので、同原発に改修が必要かをドミニオンが判断する材料にもする。

 ドミニオン子会社で同原発を所有・運営しているドミニオン・バージニア・パワーの広報担当者は、23日の地震で同原発は外部電源を失ったものの、大きな被害を受けていないもようだと述べた。

 同原発は非常用のディーゼル発電機を使って冷却機能を維持し、23日夜には外部電源が復旧した。同原発は依然、NRCの非常事態を示す4段階のレベルのうち、下から2番目の「警戒」の状態にある。

<以下省略>

 ついでに、こんな変な地盤↓の上に建てられていることも書いてある。とても地震に強いとは思えない地盤だ。

 ノースアンナ原発は土と岩盤の混じった地層の上に建っているため、基準が2つある。岩盤の部分はM5.9、土壌の部分はM6.2の地震に耐えられるよう作られている。

 アメリカでは、79年のスリーマイル島原発事故以来、30年以上も凍結されてきた原発建設が、オバマ政権の「核ルネッサンス計画」後押しもあり、計24基の建設計画が進行中だった。福島原発事故を受けて、オバマ大統領は、「米原子力規制委員会(NRC)が日本の原発事故からできるだけ多くの教訓を学び取り、米国内の原発について必要な見直しを行うことを要請した。同時に、米国では原子力は依然重要なエネルギー源だと強調した。(ウォールストリートジャーナル)」と、アメリカ政府は依然原発推進をあきらめていない。

 米原子力規制委員会(NRC)がどのような組織かというと、

「アメリカの原子炉でメルトダウン(炉心溶融)事故が起きても、10マイル(約16キロ)圏内の住民が死亡する可能性はゼロに近い」、「原子炉格納容器か ら漏れる放射性物質セシウム137の推定量は、これまで考えられていた60%ではなく、1~2%にすぎない」  米原子力規制委員会(NRC)が、このような研究報告書を来年4月の発表に向けて準備していることがわかった。

 ということで、推して知るべし。日本の原子力安全保安委員や安全委員会と大して変わらない感じで、アメリカ政府とともに原発を推進している立場だと思う。日本はこの真似をしているでしょうね。

 でも、アメリカの電力会社は、違う。原発では採算が取れないから、オバマ政権の原発推進方向とは、全く違った安価なシェールガス発電へ方向転換しようとしている。原発を中止し始めた。つまり、オバマは時代が読めなかったということであり、アメリカから、脱原発は進んでいこうとしているという。下の動画(斎藤武一氏の講演)をご覧いただきたい。私は、今回のノースアンナ原発事故が、米電力会社のいっそうの脱原発を進めることになると思っている。

 ここがアメリカと日本と違うところ。福島第一原発が深刻な事故を起こしながら、天然ガスが安価に手に入るのに、なぜ、日本では脱原発が進まないのだろうか?それは、巨大で複雑な原発が究極のコスト高で電力会社にとって大儲けとなるからだ。日本では、コストを電気料金に上乗せできる「総括原価方式」が法律で保障されている。それでは、電気事業者は、よりコストの大きい原発推進や太陽光発電全量買い取り(昨日参院可決成立)など採算度外視の方向が望ましい。利用者の払う電気料金に上乗せさせればいいだけで、利益はコスト高なほど増える。日本で、電気事業者から、コストを抑えようとする動きが、まったく出てこず、ヤラセまでして原発を推進しようとするのは「総括原価方式」のせいといえる。

 つまり、「総括原価方式」を止めさせれば、電気事業者は脱原発や太陽光全量買い取りなどのコスト高はやってられないわけだから、「総括原価方式」を止めされば、日本も、脱原発、脱コスト高の方向へ自然といくということ。



 下の動画をぜひご覧ください。

斉藤武一20110326「原発の時代は終わった - 福島原発が教えてくれたもの」

25分40秒ぐらいから32分52秒まで

【原子力発電】
電気になる効率 33%。
原発建設費用は、地震に強いものにするために、3000億円→5000億円に上がった。
原発はスイッチを入れたら、電気の需要で調整できず、ずーっと100%運転。
夜は電気が余ってしょうがない。(管理人:で、揚力発電なんて施設を造ってる。この建設費がべらぼうに高い。)

【天然ガス発電】
電気になる効率 去年61%達成
建設費用は、1500億円
電気が必要な時だけ、稼働すればよい。20分で出力100%に。
(燃料費用もアメリカが天然ガス輸入を止めたため値下がり安価。)

【アメリカで劇的変化】
溜まっていたガス(天然ガス)を吸い出していたが、アメリカは、泥の中に混じっていたガスを取り出すことに成功。シュールガスという。アメリカでは、このシュールガスがどんどん取り出されて、アメリカは、あと100年間天然ガスを自給自足できることになった。

今まで、アメリカがいろんな国から天然ガスを輸入していた膨大な天然ガスが世界中で余り始めた。天然ガスはどんどん値下がり始めている。プーチン大統領が、今回の福島の災害で、すぐに日本に、天然ガスを送る用意があると、かっこつけてきた。確かに、支援は支援ですが、余った天然ガスを日本に売ることができると、考えているはずです。

アメリカでは、2年前からオバマ大統領が原発を20機新設するとした。アメリカ政府が連帯保証人になり545億ドル(54兆円)を用意するから、どんどん造りなさいとなった。
原発新規建設計画はでき上がったが、シェールガスの開発によって、アメリカの電力会社が、天然ガスを燃やした方が安く上がる、原発ではコストがかかりすぎ儲からないとして、原発を中止し始めた。1か月前に、アメリカの大きな電力会社が、中止を発表しました。そうすると、契約が解除になってしまって東芝が困った。

つまり、アメリカでは、新しい原発は造られないと方向に舵がずーっと切られてきた。アメリカでは古い原発はだんだん止まっていく。(20年延長されたりもしてます)新しい原発は造られない。アメリカから、原発の時代は終わってきた。

【進化は天然ガスだけでない!】
石炭火力も進化した
石炭をガス化して天然ガスと同じように燃やす実験が成功。間もなく実用化。
質のいい石炭は掘り尽くされて、残っているのは褐炭と言って質の悪い石炭。
それをガス化して、天然ガスと同じように燃やそうという石炭火力がものすごく進化し始めている。

【残されたのは原発】
昔はウラン4・1%燃料棒を燃やしていたのが、今は4・8%になっている。
効率を上げるためということだが、4・8は激しく燃えて困り、ガドリニア(中性子を吸う)という粉を燃料のペレットに混ぜ込む。つまり、ブレーキ。燃料の中にブレーキを入れた。車で言うと、アクセルとブレーキを同時に踏むこと。一緒に踏むと、車は壊れる。ということを原発は2年3年前からやり始めた。

何が起きるかというと、燃料棒ペレットが激やせして、そこから「ヨウ素131」が2倍漏れるようになった。
大飯原発、伊方原発で同じようなことが起きた。

そして始まったことは、4.8%の燃料棒を入れて、プルトニウムも入れて、福島第一の3号機の状態。どういうことが起きるかというと、どちらも激しく燃える。放射線をたくさん出す。お釜である原子炉そのものが弱くなる。福島第一3号機のお釜はボロボロの状態になっていたところに事故が起きた。

 上記動画を全編通してぜひご覧ください。

あと、ツィッター情報を少々。

http://twitter.com/#!/tokaiama/status/106331445068435456
勝手にアイコン剥奪された東海アマ管理人

今入ってきた情報は、来週、島田紳助逮捕とのこと。元より吉本興業は山口組の子会社のようなもので暴力団との付き合い云々は悪い冗談ネタだ。紳助は沖縄の土地を巡ってヤクザを使って地上げをさせたことで、沖 縄自衛隊拡充の障害として政府や警察に攻撃されてるとのこと。これが紳助引退の真相のようだ


http://twitter.com/#!/KamiMasahiro/status/107050516961427456
上 昌広

今日の東京新聞1面トップはびっくりした。東芝・日立などのメーカーOBが保安院に再就職し、出身企業の検査を担当していたらしい。過去10年で少なくとも36人。これは常軌を逸している。    
   

2011年8月25日 (木)

アメリカ東部地震により米原発外部電源喪失。続報。紳助報道の裏に隠されているもの。

東海岸M5.8地震 ベントで大量の水蒸気が放出されるノースアナ原発



 1基は、ベントで蒸気を大量に放出させている。

 それは、圧力容器内の圧力が上がっているから。

 ということは、炉内の冷却水が蒸発しているってこと。

Photo

Photo_2

原発が自動停止、連邦政府の建造物も一時閉鎖されたアメリカの大規模地震の現場をとらえた写真

「米原発 電源復旧し「警戒」解除」 というNHKニュースも流れました。

 外部電源が復旧したので、収まったということになってますが…。パイプなど亀裂がないかどうか。なにせ、地震のない国なので、耐震性はそう考えられていないということだから、まだまだ安心はできません。

 そして、どうも、アメリカの原発の扱いも杜撰なのじゃないかと思われます。

米原発4分の1(27基)で放射能漏れ発覚!アメリカで脱原発の流れ

AP通信はアメリカ国内の原子力発電所104基中少なくとも27基で放射性物質が地下に漏れていると報道。

アメリカの原子力規制委員会(NRC)によると、バーモント州にあるバーモント・ヤンキー原子力発電所ではアメリカの安全基準の3倍以上の1リットル当たり7万500ピコキュリーの放射能漏れが分かった。

 危険な核を扱っていると言うのに、バーモント・ヤンキー原発は、倒壊するとは、驚きですよ。


アメリカの原発からの放射能漏れ

新たな報告によれば、アメリカの核施設の4分の3が、放射能漏れを起こしており、それが飲料水の汚染につながっています。
プレスTVが、23日木曜、伝えたところによりますと、AP通信は、トリチウム粒子を含んだ放射性物質の悪影響に関する1年に及ぶ調査の末、「この物質は、アメリカの原発の老朽化した管のひびから土壌に漏れ、地下水を汚染している」と報告しました。
また、「これらの汚染水を使用すれば、がんにかかる可能性がある」とされています。
原発に反対する団体の広報担当者は、「放射性物質の放出量は増えているが、行政関係者は、アメリカ全土の原発の活動継続許可を延長している」と語っています。
また、「飲料水に含まれるトリチウム粒子の量が、政府が定める基準をはるかに上回る例が見られている」としました。
この報告にも拘わらず、核エネルギー委員会とその関連産業は、この量はアメリカ人の健康を脅かすものではないとしています。
こうした中、アメリカの国立科学アカデミーや核問題の専門家は、アメリカの核エネルギー委員会の見解に反対し、放射性物質を浴びればがんの発症率が高まるとしています。
トリチウム粒子の漏出により、アメリカの民間部門の多くの技術者は、アメリカ全土の65箇所の原発にある104基の原子炉で使われている安全システムに疑いを抱いています。
トリチウムは、空気を通して体内に取り込まれる可能性は非常に低くなっていますが、その代わり、水からは簡単に体内に入り込みます。
アメリカの原発に反対する団体は、「この老朽化した地下の管に代わり、検査が可能で保存がより簡単な地上の管を使用すべきだ」と強調しています。

【津山恵子のアメリカ最新事情】実は綱渡りだった米国の原発運営

 ミュシガース氏がインディアンポイントが抱えるリスクの一つとして指摘したのが人災事故。特に、火災関連の装置に関連する事故だった。

 「1970年代に建設された原発で、老朽化が激しい上に、当然コンピューター化が遅れている。スイッチを押したり切ったりといった操作で、人為的な単純ミスが大変な事故につながる」

 フォートカルフーン原発のぼや自体も、あってはならないミスによるものであることは間違いなく、ミュシガース氏の証言を合わせて思い出すと、ぞっとする話だ。

 原発の老朽化というのは、原子炉だけの問題じゃなくて、古い機器の操作が大変で、人為的な単純ミスが起きやすいんですね。トラブルが起きた時には、特に複雑な操作が求められて、ミスが起きやすくなると思います。

 アメリカは、電気を原発に依存している国らしいです。節電をするような国民性もないと。でも、脱原発する気にさえなれば、出来ますよ。出来るに決まってるじゃないですか!


 日本の新聞には、アメリカ東部の地震でアメリカ原発が外部電源を喪失して停止したなどという記事はまるでなく、わずかにNHKニュースだけが報じました。その代わりに、紳助報道が大々的に報じられたようです。私は紳助報道を見ていないのでどうにもコメントできないですが、その裏に隠されたものとしての指摘をご紹介します。核心をついているんじゃないかしら?


http://twitter.com/#!/_ill_/status/106569053988077568
        ill
島田紳助引退の裏でアメリカの地震や原発トラブルが隠され、その機に乗じてこっそりと「もんじゅ」再開が決定され、全く話題に上がらない福島第一原発の 5・6号機はいつでも再稼働できるようにメンテナンス済みだそうだ。世間の目を掻い潜っていかに原発を復活させるかが政府の関心らしい。


http://twitter.com/#!/_ill_/status/106284974424080384
島田紳助のニュースで隠れてしまったと思われる事柄いくつか。昨日の再生エネルギー法案衆院通過の一方,新規原発14基の建設はそのままになっているこ と。葛飾の幼稚園・保育園の砂場29カ所が放射能汚染で使用禁止になったこと。アメリカでM5.9の地震が起きて,いくつかの原発が止まったこと。



再生可能エネルギー法案が衆院を通過し、参院へ送られましたが、この法案も庶民負担で、ソフトバンクに利益誘導するという悪法ですが、名前で内容の悪さがカモフラージュされてます。こんなの成立させたら、日本の若者には就職先なくなりますよ。

日本のために理解しよう(1)・・・太陽電池で税金をガッポリ」←よく読んでください。私達は騙されています。

2011年8月24日 (水)

アメリカ東部で地震。米原発 地震で外部電源喪失

 23日、バージニア州中部で地震がありました。ノースアナ原発では外部電源が失われ、原子炉2基が運転を自動停止。外部電源喪失。4つの州で10の原発がトラブルとのニュースも入りました。

 これは、結構恐いんじゃないでしょうか。おそらくは、非常用電源の一部が故障だけでは済まないのではないような気が。。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

米原発 地震で外部電源喪失

アメリカ東部で23日に起きた地震の影響で、バージニア州の原子力発電所で外部電源が失われ、非常事態を示 す4段階の水準のうち、下から2番目に当たる「警戒」が宣言されました。アメリカ原子力規制委員会は「安全性に問題はない」としながらも、非常用電源の一 部が故障したことなどから点検を続けています。

   

アメリカ東部では、23日、バージニア州中部を震源とするマグニチュード5.8の地震の影響で、震源からおよそ20キロ離れたノースアナ原発では外部電源が失われ、原子炉2基が運転を自動停止しました。このため、ノースアナ原発ではアメリカ原子力規制 委員会が定める非常事態を示す4段階の水準のうち、下から2番目に当たる「警戒」が宣言されました。原子力規制委員会によりますと、非常用のディーゼル発電機が作動して原子炉の冷却が行われているため、原発の安全性に問題はないということですが、4基の発電機のうち1基が故障したことなどから、引き続き点検を続けています。アメリカ東海岸は地震が少なく、バージニア州でマグニチュードが5を超える地震が起きたのは1897年以来だということです。

Photo

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http://twitter.com/#!/rolling_bean/status/106157243459833856

おはようございます。「東には地震ないのでマーク1設置」でしたね。 RT : おはようございます。米東海岸M5.8震源ワシントン近く原発あり2基が電力停止(低耐震基準)     

 (ノースアナ原発の原子炉は、ウェスチングハウス製の加圧水型と判明しました。)

●NYの高層ビルは、震度6以上(歴史上ない)だと将棋倒しになるらしい。 RT @masanork: 原発ってこういう人々が設計したものをターンキー契約で持ってきた訳だ / M5・8が「大地震」というアメリカ東海岸の動揺 http://t.co/gGIaZJH

Twitterikedanob池田信夫-6時間前 (池ノブ氏に、なぜかブロックされてました。)

http://twitter.com/#!/gloomynews/status/106082842215329792
 deepthroat       
4つの州で10ヶ所の原発で「異常事象」(最低警戒レベルの事態)が報告されているとCNN。危ない危ない。

でもアメリカだから冷静に対処できるはず・・・ですよね。

http://twitter.com/#!/bilderberg54/status/106201381282652160
    アルルの男・ヒロシ       
島田紳助スピンの結果消されたニュース 1.米国の大地震 2.米ドル買い支え基金の報道

 隠されたニュースつながりで↓も。

http://twitter.com/#!/cobta/status/106012240846651392
Hiromi Fujii
日経新聞:もんじゅ再稼動に向けて、復旧作業開始。これはよくない。泊原発再稼動より大きいと思う。高速増殖炉は核燃料サイクルの要。これじゃまったく脱原発する気なんてない。紳助引退より断然ビッグニュース。

2011年8月23日 (火)

日本経済を破壊する「再生可能エネルギー買い取り法案」。成立させていいの?

 盲点でした。『再生可能エネルギー買い取り法案』

 再生エネルギーが嫌いなわけじゃないですが、突然、閣議決定されたという感じでしょう?閣議決定される以前にこんな話は出ていたでしょうか?

 唐突に「消費税増税」「TPP加盟」を言い出した菅首相ですが、今思えば、3番目の唐突が、『再生エネルギー買い取り法案』だったんですね。全く、うかつだったんですが、もともとは、2001~2002の小泉時代の資源エネルギー調査会にあるんだそうな。要するに、外資に日本人の資金を吸い取らせる路線。

 日刊ゲンダイによると、

 「今年1月の40分に及んだ施政方針演説の中で『再生エネルギー』の言葉が出たのは1度きり。『平成の開国』として、TPP参加による農林漁業の再生をツ ラツラと語った後、総理は取ってつけたように『再生エネルギーの全量買い取り制度も導入します』とひと言触れただけです。法案成立に意欲があったとは、と ても思えません」(民主党関係者)

 ということだから、菅首相が自分だけで導入を決めて、唐突の表明したものですね。其れも1度だけ。

 3月11日の午前、奇しくも3・11大震災が発生した同日、菅内閣は『再生エネルギー買い取り法案』を閣議決定していた。今日、衆院を全会一致で通過し、参院へ送られ、可決する見通しです。可決が辞任の条件・・。で、可決させようとしているわけ。

 しかし、この法案には、大問題がありました。何人かがお書きです。

 先ほど、武田邦彦先生の記事を紹介しました。

 池田信夫氏も書いていらっしゃいます。

「再生可能エネルギー促進法」に賭ける首相の奇妙な執念 太陽光電力の「固定価格買い取り」がもたらす弊害とは

 全文の3分の1ほどしか読めませんが、それでも、読ませます。以下引用。

<引用開始>

固定価格買い取りはソフトバンクへの利益誘導

 再生エネ法案は3月11日の午前、震災の直前に閣議決定されたもので、再生可能エネルギー(太陽光や風力など)の「固定価格買い取り」を電力会社に義務づける。

 今は家庭用の太陽電池を対象にして余剰電力の買い取りを義務づけているのだが、今回の法案は全量買い取りを義務づけるのが特徴だ。

 これによって業務用の発電所の電力も、すべて電力会社が買い取らなければならない。買い取り価格は、太陽光は現在42円/キロワット時。これは原発などの発電単価の4倍以上なので、電力会社はその費用を電気料金に転嫁できる。2012年度から実施し、料金への転嫁幅は各電力会社で均等化することに なっている。

 しかし法案の審議は震災で遅れ、3カ月以上たっても審議入りできない。自民・公明両党が反対し、与党内でも消極論が強いためたが、ここにきて首相が強い意欲を示し始めた。

 その背景には、首相を支援するソフトバンクの孫正義社長の存在がある。

 6月15日の勉強会でも、孫氏は「首相の粘りはすごい」と賞賛した。それは、彼の始めようとしている「自然エネルギー協議会」による太陽光発電がビジネスとして成立するためには、再生エネ法の成立が不可欠だからである。

 「メガソーラー」と呼ばれる大型の太陽光発電所でも、発電単価は30~40円程度。そのままではこの電力を使う電力会社はないが、必ず42円/キロワット時で買い取ってもらえるなら、それ以下のコストで発電できれば確実にもうかる

 孫氏は5月25日に「協議会」を発表する前日に首相と会談し、再生エネ法の成立を強く要請したと言われる。首相もそれ以後、急に「自然エネルギーの普及が私の宿願だった」と言い始めた。

 特定の企業への利益誘導を一国の首相がこのようにあからさまに行うことは、先進国では例を見ない

<引用終了>

 もう一つ池田氏。

再生可能エネルギー法案に反対する

<引用開始>

民主・自民・公明の3党は、再生可能エネルギー買い取り法案の修正協議を行ない、今国会で成立させる方針のようだ。菅首相の退陣の条件になっているので、やむをえないのかも知れないが、条文を読むと、これはかなり問題の多い法案である。

まず肝心の買い取り価格(調達価格)もその期間も、経産省の「告示」で決まる。

第 3条5項 経済産業大臣は、毎年度、当該年度の開始前に、電気事業者が再生可能エネルギー電気の調達につき、経済産業省令で定める再生可能エネルギー発電 設備の区分ごとに、当該再生可能エネルギー電気の一キロワット時当たりの調達価格及びその調達期間を定めなければならない。

つ まり買い取り価格が「経済産業省令」で決まり、それは「毎年度」改訂されるのだ。省令には国会の承認が必要ないので、再生可能エネルギー業界を生かすも殺すも経産省のさじ加減ひとつである。当然、ソフトバンクを初めとする業者は、買い取り価格を上げてもらおうと激しいロビー活動を展開し、天下り先もたくさんできるだろう。究極の「官僚主導」法案である。

この買い取り価格は、太陽光発電促進付加金として電気料金に上乗せされる。海江田経産相はこの付加金が「0.5円/kWhを超えないように 運用する」と説明しているが、いま産業用の料金は13.8円/kWhだから、これは3.6%の値上げになる。それでも電炉業界では、経常利益の35%が 吹っ飛ぶというが、この程度の値上げで収めるには買い取り単価は20円/kWh以下になり、太陽光発電は赤字になる。

だから本当に太陽光発電を普及させるなら、孫正義氏の主張するように「40円/kWhで20年固定」ぐらいにする必要がある。これならノーリスク・ハイリターンだから、海外から安い太陽電池を輸入して大量に設置するビジネスが流行するだろう。電力会社は全量買い取りの義務があるので、どんな劣悪な電力でも買い取らなければならない。

そのためにかかるコストは、電力の買い取り価格だけではない。太陽光発電による送電網や、それを安定化させる系統安定化コストは、500万世帯に対応すると15兆円以上かかると推定され、これも電気料金に転嫁される。首相のいうように1000万世帯に太陽光パネルを設置したら、電気代はデンマークのように2倍以上になるだろう。

ところが孫氏は、今週の週刊ダイヤモンドでは「電力自由化」を主張している。それが固定価格買い取りという統制経済と矛盾することに気づいていないのだろうか。それともソフトバンクだけは例外にして、電気料金が自由競争で下がっても「メガソーラー」だけは20年間ずっと40円で買い取ってもらおうというのだろうか。しかし残念ながら、この法案にはこう書いてあるのだ:

第6条 政府は、少なくとも三年ごとに、この法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるとともに、この法律の施行後平成三十三年三月三十一日までの間にこの法律の廃止を含めた見直しを行うものとする。

つ まり2021年には、この法律は原則として廃止される。今は「脱原発」を掲げる菅政権が推進しているが、自公政権になったら、電力会社が買い取り価格を下 げろとか買い取りをやめろというロビー活動をするだろう。かくして電気料金は利用者とは無関係に政治的な力関係で決まる。補助金を当てにしてメガソーラー を建設しても、スペインのように補助金が打ち切られたら、業界は崩壊してしまう。

こんな補助金に強く依存したビジネスは、電力自由化と矛盾するばかりでなく、イノベーションも阻害する。私は環境対策として再生可能エネルギーを普及させ ることには反対ではないが、それは市場原理と両立する方法でやるべきだ。電力を買い取るなら固定価格ではなく、オークションによって最低価格を出した業者 から買い取るべきだ。

いずれにしても今回の法案は、それによって首相が辞める以外のメリットがなく、急ぐ必要もない。今国会では見送り、政権が変わってから冷静に検討したほうがいい。

<引用終了>


沈思黙考ブログ様の
再生可能エネルギー法案に、ドイツやスペインの反省点は生かされているか

<引用開始>

ドイツスペインの事例から、太陽光発電の全量固定価格買取制度(FIT)の問題点が見えてきます。高い買取価格と長期間の固定買取を設定したために、太陽光だけで10兆円規模の支払い債務が発生してしまいました。

ドイツの場合、太陽光は風力の4倍以上の価格設定、買取補助金額は9倍以上でした。なぜこのような買取条件を設定してしまったのか。太陽光を普及させることに固執するあまり、負担の大きさに気がつかなかったのか。太陽光にこだわらず、もっとコストの安い風力やバイオマスを優先していれば、余計な負担を増やさずに済んだはずですが。

<中略>

  • 買取の対象は、太陽光、風力、水力(3万kW未満のもの)、地熱、バイオマス、その他
  • 買取の期間、買取の価格は、経済産業大臣が決める
  • 買取にかかった費用は、電気料金に上乗せしてまかなう(サーチャージ)。
  • 3年ごとに見直しを行い、2020年には廃止も含めた見直しを行う
<図を略しました>

太陽光だけ買取価格が別枠
太陽光の買取条件だけが別枠扱いになっていて、しかも『当初は高い買取価格』と書いてあるだけ。具体的な価格は示されていない

現在の余剰買取制度での価格が40円程度なので、それと同じ買取額になるという見方が多い。太陽光が40円だとすると、太陽光以外の15~20円という買取価格の2倍以上。これではドイツやスペインなどと同じく、負担が大きくなりすぎる危険がある。


太陽光を2倍以上の価格で優遇し、他の自然エネルギーを冷遇する理由があるのかどうか疑問です。電力仕分けでもやってもらいたい。「なぜ太陽光なんですか? 風力じゃダメなんですか?」

ど うせなら、すべてのエネルギーを一律の買取価格にしてしまえばいいでしょう。買取価格が同じであれば、事業者はできるだけコストの安いものを設置したほう が、利益は大きくなる。同じ金額をつぎ込むのなら、安い方が大量に設置できるので普及するのも早い。消費者の電気代値上げの負担も少なくてすむ。

日本では現在のところ、風力の発電力がもっとも多く、次がバイオマスです。ドイツも同じく、風力、バイオマスの順です。太陽光よりも買取価格が安いにもかかわらず、圧倒的に普及しており発電量も多い。現状ではこれらのエネルギーの方が有望であることがわかります。

<図略>

買取期間の長さは、負担の重さに直結する
太陽光以外は15年~20年の間ということになっている。事業者にとっては、固定価格で買取ってもらえる期間が長い方が、安定して利益が出るから参入しやすい。しかし消費者の側から見れば、重い負担が長期間続くというデメリットになる。価格を高くするなら期間は短くする。あるいは、価格を安くするかわりに期間を長めにするなど、負担のバランスを考える必要がある

住宅用の太陽光の買取期間だけが10年間になっている。それに対して、非住宅用(事業者向け)の買取期間は15~20年になっている。スペインの事例では、事業者による投機目的の設置が行われはじめてから、設置量が一気に増えた。それにともなって負担も膨らんだ。

とにかく設置数を増やしたい、という意図で制度を作ってしまうと、後でとんでもない負担が国民にのしかかることになる。

買取の条件は経済産業大臣が決める
価格、期間は大臣が決めることになっている。これではまるで、政治家と業界団体に、「癒着してください」と言っているように聞こえる。すでに太陽光ビジネスに参入している人間、これから参入することを考えている人間が、菅総理の周りに集まってきている

国民の負担を無視して、お友達に有利な条件を設定しまうことになるんじゃないだろうか。

<後略 引用終了>


こんな法案を成立していいんでしょうか!!

自家発電装置を持つ大企業はともかく、太陽光発電にかかる費用すべてが上乗せされて、今でさえ高いのに電気料金はさらに高くなれば、中小企業はやっていけないでしょう。

その上、NHKが誘導するように、財政難⇒消費税引上げをするとすると、電気料金と消費税の増で、中小企業は絶滅です。これは、日本経済を滅ぼす法案なのだと思います!


で、27日告示、29日投票の民主党党首選は、増税派に絶対に勝たせてはいけません!

菅総理大臣が退陣の条件としている、再生可能エネルギー買い取り法案について。

 菅総理大臣が退陣の条件としている、「再生可能エネルギー買い取り法案」は、今日、衆議院本会議で全会一致で可決され、参議院に送られました。

 この法案はとんでもない法案なんですね。私も騙されてました。武田邦彦氏のブログを読んで、騙されていたことに気付きました。

 菅直人氏の日本人に対する仕打ちには、恐ろしいものを感じました。退陣するにあたって、私達に痛手を負わせて去ろうとするとは!本当に小泉純一郎氏にそっくりな性格です。

 白い犬には用心すべきでした。上杉隆氏にもね。

 以下、武田邦彦氏のブログを転載させていただきます。ぜひ、みなさん、拡散お願いします。なんとか、参議院で阻止できないでしょうか?

http://takedanet.com/2011/08/post_7e9f.html



日本のために理解しよう(1)・・・太陽電池で税金をガッポリ

 

今回の福島原発事故やその後の日本の状態を見ていますと、政府や官僚ばかりではなく、専門家や学校の先生に至るまであまりにも日本国民をバカにしています。よく言われる「愚民政策」ですね。

 

つまり、テレビや新聞がそのまま言うことを聞くのを良いことにして、「誤魔化すことができれば、徹底的に誤魔化す」という「決意」を見ることができます。

 

その一つが「太陽電池」です。太陽電池を巡る一連の動きを見ていると、「国民は学校時代、勉強しなかった」、「英語ができないから外国の情報を知らない」と思っていて、それを伝える専門家は「お金で手なずけることができる」と自信たっぷりです。

 

次の「事実」をジックリ読んで貰って、まずは甘く見られないようにしたいものです。(難しいように見えますが、内容は単純です。)

 

1) エ ネルギーや電気というのは「再生可能」などというものはなく、すべて「再生は不可能」です。従って、「再生可能エネルギー」というのは事実ではなく、学問 に反しますから、本来なら国会でそのような名前が使われるのを専門家が注意するはずです(どうせ日本国民はわからないと思っています)。

 

2) 電 気を作るときには、{電気を作る設備}にエネルギーを使うか、{電気を作るときの燃料}にエネルギーを使うかのどちらかです。つまり、{電気を作るための エネルギー}={設備のエネルギー}+{燃料のエネルギー}です。石油火力発電では、{設備2:燃料8=合計10}ですが、原子力発電は{設備8:燃料 2=合計10}です。そして、太陽電池は、{設備30:燃料0=合計30}です(設備のエネルギーを隠してもわからないと思っています)。

 

3) 装置に入れるエネルギーを100とすると、ほぼ33%が電気に変わり、67%が熱になります。発電の方法によって少しずつ違いますが、おおよそこのような比率です。

 

4) 世 界ではドイツが太陽電池を使うことに熱心でしたが、これまで12兆円をかけて、国民が使う電気の400分の1(0.25%)を得たに過ぎません(ニューズ ウィーク報道)。これに対して普通の発電所は100万キロワットでも3000億円ぐらいですから、日本全体で200兆円以下ですから、12兆円も使えば 4%程度の電気をえることができます。つまり、太陽電池は10倍以上のお金(エネルギー)を使うことを意味しています(海外の情報はほとんど流しません。 ヒットラーの時と同じです。)

 

5) 国 会で「再生可能エネルギー」というのを「国家の買い取り」にするというのは、「法律を決めた政治家が高い太陽電池のお金を払う」のではなく、「国民がその 分だけ高い電気代か、税金を払う」ということを意味しています。でも、反対が起こらないように「原発がなければ電気が足りない」、「石炭や天然ガスを使う と温暖化する」と根拠もないことを理由にしているだけです(国民を脅せば、「環境派」がお先棒を担いでくれると思っています)。

 

6) こ の法律が通ったら、一部の実業家が大もうけをします(当然ですが)。 土地を国からただで借り受け、そこに工場を建設し、そこからどんな高い電気ができて も強制的に買ってくれるというのですから、大もうけに決まっています。せっかく民主主義になり、選挙があるのに、情報が曲がって伝えられたら、せっかくの 選挙も台無しです(太陽電池の電気をどんなに高くても買い取る法律など正気とは思えませんが、裏の力は膨大です)。

 

7) 今 のところ、「エネルギーに再生可能はない」とか、「太陽電池は狭い日本の国土を占有するから、アメリカのネバダ砂漠に太陽熱発電を置くのとは訳が違う」と いう大人としてのしっかりした議論もまったく行われません。おそらくは「日本人の幼稚化」と「報道の不誠実」、それに「誠実な指導層の絶滅」でどうにもな らない状態になっていると思います。

 

このままでは日本の子供たちは悲惨なことになるでしょう。というのは、これまでも日本の電気代は、韓国の2倍、アメリカの3倍もしていたのに、さらに2倍ぐらいになりますから、とうてい日本の中で工業を進めていくことはできなくなるでしょう。

 

そうすると子供たちの時代には日本国内には工場がほとんど無く、就職口もない哀しい現実が待っていると思います。

 

今 回の原発事故は、日本の原発は地震に弱いこと、ひとたび原発の事故が起こると悲惨なことになることを大人が十分に勉強しなかったことによります。幼児が可 哀想なことになっていますが、これもなにも親の責任なのです。私たちは事実を冷静に見て、2度と再びヒットラーを信用して戦争に突っ込んだ70年前と同じ ことを繰り返してはいけないでしょう。

 

日本の指導者、実業家、専門家は完全に日本人を甘く見ているのです。(詳しい音声版を別の記事で出すことにしました)

 

(平成23821日)



 

「原発」は、ズサン工事、ズサン検査、損傷隠蔽でも、「安全」

 複雑で巨大なシステムの原発は、危険な核を扱うだけに技術の粋を結集して、熟練工により造り上げられているものだと思い込んでいたけど、福島第一原発の事故の後、まず、GE製マーク1原子炉に設計上に様々な欠陥があることを知ったし、その上、原子炉の建設自体が杜撰であり、そもそも、原子炉が完璧に作られていないとのこと。こんな原子炉が壊れるのは、巨大地震が来なくても当たり前の話だった。

 日本中にある原発もご同様なことは、推して知るべしで、言わずもがなだ。つまりは、中程度の地震でもあれば、いつ事故を起こしてもおかしくない原発、日本には54機もあるってこと!!

 そして、東電は、今までにも重大な原子炉損傷を隠ぺいしていたという札付きのウソツキ会社。8機は損傷を抱えたまま運転が行われていた。

 危ない核を扱う発電所が、丁寧な設計、施工、運転、点検ではなく、すべてがずさんだった。なのに「安全」と騙していたとは、驚愕の事実ではないでしょうか!

 東京電力原子炉損傷隠し事件

 一、原子炉損傷隠し事件の発覚

 経済産業省原子力安全・保安院は八月二九日、東京電力が一九八〇年代後半から九〇年代前半にかけて、福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、柏崎 刈羽原子力発電所の三か所の合計一七基の商業発電用原子炉のうち、一三基(福島県の一〇基はすべて)について、合計二九件の自主点検記録虚偽記載を行って いたことを発表した。その多くは、圧力容器の内部に置かれ核燃料集合体を支えるシュラウド(炉心隔壁)や、炉心に冷却水を送り込むジェットポンプなどの重要機器に関するものである。一三基のうち五基についてはすでに修理が終わっているが、八基については損傷を抱えたまま運転が行われていると見られる。 

東電のカネに汚染した東大に騙されるな!には、こんなこと↓が書かれている。

 東京電力は、福島第一 原発三号機で、炉心隔壁のひび割れの事実を伏せたまま、97年にむりに交換し、二千人近い作業員にかなりの被曝をさせ、その後もこの事実を隠蔽し続けていたことが、ようやく発覚した。

 

 東電は、犯罪会社と言っていと思う。原子力安全保安院、安全委員会、御用学者にも犯罪が問われる。

 下に紹介したのは9年前の週刊朝日ですが、今読んだ方がよく理解できる。

福島原発は欠陥工事だらけ

担当施工管理者が仰天告白

週刊朝日2002年9月20日号配信

資源エネルギー庁の原発推進PR費だけで、年間70億円もの税金が使われている。一方で次から次へと明るみに出る東京電力の損傷隠しに、「もっと大きなものを隠しているのではないか」という声さえも漏れるほどだ。福島原発で実際に建設に取り組んだ元技術者たちが、驚くべき現場のずさんな実態を本誌に語った。(編集部注:本誌2002年9月20日に掲載。年齢、肩書き等は当時のものです。ご注意ください)

  福島第一、第二、柏崎刈羽原子力発電所で起きた東京電力の損傷隠しは、日本の原発への信頼性を大きく揺さぶった。東電のうそつき体質が明らかになり、 チェックもできず判で押したように「安全宣言」を出してしまう経済産業省の原子力安全・保安院の無能さが世間に知れ渡ってしまったのだ。

 だが、原発にまつわる「不正」「ずさんさ」はじつは、これだけにとどまらない。

 鹿児島大学非常勤講師の菊地洋一さん(61)は、厳しい口調でこう語るのだ。

 「国はすぐに『安全だ。安全だ』と言うが、原子炉メーカーや現場の実態も知らずに、複雑で巨大なシステムの原発を簡単に安全などとは言ってほしくない。保安院も東電も原発の基本的な仕組みしかわからないから、原発推進の御用学者たちの言うことに振り回されているのだろう。だが、今回のシュラウドのひび割れだって大変なことで、地震が起きたらどうするのか、そういう危機感を持たない保安院や東電の意識は非常におかしい。すべてが現場を知らない机上の空論で成り立っている。そもそも、『安全』と言う前提に は、建設工事のときから完璧な材料を使って、かつ完璧な施工がされたというのが絶対条件だろうが、建設現場ではそれはあり得ないこと。現場は試行錯誤の中 で手探りで仕事をしているんです」

 じつは、菊地さんは今回問題になっているGEIIの前身のGETSCOの元技術者で、東海第二(78 年運転開始)と福島第一の6号機(同79年)の心臓部分である第一格納容器内の建設に深くかかわっている。GETSCOは沸騰水型炉を開発したGEの子会社で、GEがこの二つの原子炉を受注したのだ。

 菊地さんの当時の立場は企画工程管理者といい、すべての工事の流れを把握して工程のスケジュールを作成する電力会社と下請けとの調整役だったという。現場では、自分の作業内容しか知り得ない技術者がほとんどだが、第一格納容器の隅々までをつぶさに知る数少ない人物の一人だ。

 「建設中に工事の不具合はいくらでも出てくる。数えたらキリがない。当然のことですが、ちゃんと直す ものもあります。でも信じられないことでしょうが、工期や工事費の都合で、メーカーや電力会社が判断して直さないこともあるんです。私が経験した中では、 福島第一の6号機に今も心配なことがある。じつは、第一格納容器内のほとんどの配管が欠陥なのです。配管破断は重大な事故に結びつく可能性があるだけに、 とても心配ですが......」

 ほとんどの配管が欠陥とは、穏やかな話ではないが、どういうことなのだろうか。

 主要な配管の溶接部分についてはガンマ線検査があるため、溶接部分近くに穴があいており、検査が終わると、外からその穴にガンマプラグという栓をはめていくのだそうだ。ところが6号機の第一格納容器内では、プラグの先が配管の内側へ飛び出してしまっている。仕様書では「誤差プラスマイナス0ミリ」となっている のに、最大で18ミリというものまであった。

 原因は、度重なる設計変更だ。当初の計画では肉厚の配管を使う予定が、いつのまにか薄い配管になってしまっていたのだった。

 担当外だった菊地さんが気づいてすぐに担当部署に相談したが、最終的には配管工事を請け負った業者の判断に一任され、結局、直されることはなかった。

 菊地さんが続ける。

  「確かに配管を直したら、プラグの発注から始まり検査や通産省立ち会いの耐圧試験も含め、半年や1年は工事が延びたと思う。工事が1日延びれば東電側に1億円の罰金を支払わなければならないというきまりもあった。GE側は業者の判断によっては違約金の支払いも覚悟していたが、最終的には業者側の直さないという判断を尊重した形になった。でもこの配管を放置しておけば、流れる流体がプラグの突起物のためにスムーズに流れなくなり乱流が生じ、配管の一部が 徐々に削られていき、将来に破断する可能性だってある。それが原因で、何十年後かにドカンといくかもしれないのです」

 今回の損傷隠しで、6号機はジェットポンプの配管のひび割れが未修理のまま運転されていることが明らかになっている。このずさんな工事と関係があるのだろうか。

◆大型のジャッキで圧力容器を矯正◆

 菊地さんは、6号機を東電に引き渡した後、退社したが、その後も第一格納容器内の配管が破断し、暴走する夢を見たという。

  実際、86年には米バージニア州のサリー原発で、直径45センチの配管が破断する事故が起きた。それまで「配管の破断前には水漏れ状態が続くため、完全破断する前に対策をとれる」ということが「定説」になっていたが、サリー原発では瞬間的に真っ二つに断ち切れる「ギロチン破断」と呼ばれる状態になった。定説を覆す、予期できないことが原発には起きるのだ。

 福島第二原発の3号機のポンプ事故(89年)後、菊地さんは、6号機の配管も、「全部めちゃくちゃだから直すように」と東電本社に直訴した。東電からは一部主要な配管は替えたものの「ほかはちゃんと見ているから、安全です」という答えが返ってきたという。

 「東電はこの配管の問題性をちゃんと認識しているのか。通産省(当時)に報告しているのか。報告しているのなら、通産省がどんな調査をし、どう判断したのか。そのうえで東電は安全だと言っているのか、はなはだ疑問だ」(菊地さん)

 では工事をチェックする立場の国は、何をしていたのだろうか。菊地さんがこう説明する。

  「まったくあてになりませんね。通産省の検査のときに、養蚕が専門の農水省出身の検査官が来たという話も聞いたことがあるほどです。現場では国の検査に間に合わなくて、ダミー部品をつけておいて、検査が終わってから、正規の部品に取り換えるということもやった。もちろん、検査官は気がつきませんよ

 こんなこともあった。

  東海第二の試運転を前に国の検査があった。だがその前日、電気系統がトラブルを起こし、使えなくなってしまったという。試験当日は国の検査官を前に、作業員が機械の前で手旗信号で合図し、電気が通って機械が作動しているように見せかけた。それでもしっかりと「合格」をいただいたというのだ。まるでマンガの ような話だ。本当に、おかしなことを挙げていけばキリがないようだ。

 「いかに国の検査が形式的でいい加減なものかということがわかるでしょう。何よりも問題なのは、いい加減な検査を受けた原発が、いま現在も動いていて、国が安全だとお墨付きを与えているということなのです」

 菊地さんは次々に起きた浜岡原発の事故や今回の損傷隠しを契機に50ccバイクで全国をまわり、自らの体験を生かし反原発を訴えていくことを計画しているという。

 今回の損傷隠しのきっかけは、2年前のGEIIの元技師による内部告発だった。原発に関する内部告発は、じつは14年前にもあった。

 現在、科学ジャーナリストの田中三彦さん(59)がメーカーの不正な工事過程を告発したのだ。

 内容は、田中さんが日立製作所の関連会社のバブコック日立の設計技師だった74年に起こった出来事だった。

  同社は日立製作所が受注した福島第一原発4号機(78年運転開始)の原子炉圧力容器を製造していたが、製造の最終過程でトラブルが起こった。高さ約21メートル、直径約6メートルの円筒形で厚さ約14センチの合金鋼製の圧力容器の断面が、真円にならず、基準を超えてゆがんだ形になってしまったというの だ。

 これも冗談のような話なのだが、容器内部に3本の大型ジャッキを入れ、610度の炉の中に3時間入れてゆがみを直したというのだ。 田中さんは当時、原子力設計部門から別部門に異動していたが、急遽呼び戻され、どれだけの時間をかけて、何度の熱処理をすべきか解析作業を担当させられた。作業は国にも東電側にも秘密裏で行われ、ゆがみを直した後、東電に納入されたのだという。

◆国と業界一体で「安全」ゴリ押し◆

 田中さんはその後退職し、88年に都内で開かれた原発シンポジウムで、
 「ジャッキで無理に形を整えた圧力容器が実際に運転しており安全性を心配している
 と"告発"したのだ。

 田中さんが懸念したのは、ジャッキで力を加えた熱処理による材料の性質の変化などで、それによる原子炉の安全性の問題だった。

 しかし、告発からわずか数日後、東電と日立製作所、そして通産省までもが、
 「問題ない処置だった
 と口をそろえ、またもや得意の"安全宣言"を出した。

 田中さんはこの経過を90年に出版した『原発はなぜ危険か―元設計技師の証言―』(岩波新書)に詳細にまとめている。田中さんはこう話す。

 「ゆがみの矯正は明らかに違法行為であり、日立側は私との話し合いで、最後まで当時の生データも出さなかった。また告発後、通産省も東電も日立から事情聴取することもなく、すぐに安全宣言を出した。今回の東電の損傷隠しでもこれが繰り返されている」

 なぜ、こうも国はちゃんと調べずに安全宣言を出してしまうのか。そして何よりも恐ろしいのは、この福島第一原発4号機も、その後も十分な検証が行われないまま、今も稼働しているということだ。

  「根本的な問題は、電力業界の体質そのものです。彼らには罪の意識はまったくなく、逆に合理的な判断の上に成り立っていると思っている。それは給電の計画変更などのコストの問題、同じ構造の原子炉を持つほかの電力会社への影響など、結局は電力会社サイドの勝手な都合で決められている。国も『あうんの呼吸』 でそれを見守ってきた。国も電力会社も原発が壊れるまで『安全だ』と言うのでしょう。いつかはわからないが、大事故は必ず起きる。早急に脱原発の方向に切 り替えるべきだが、その前に、せめて国の技術的なレベルを上げ、原発に対する管理能力をきちんとすべきです」(田中さん)

 最近、70年代半ばに通産省の検査官が逆に東電に損傷隠しを指示した疑惑も報道されている。まさに「あうんの呼吸」を持つ官業もたれ合いの原子力行政そのものであり、「原発は安全だ」と喧伝する中で、官業一体となって「損傷隠し」までしてきてしまったというわけだ。

 いずれにしろ、欠陥だらけの原発が稼働し続けているという、この恐ろしい状態を脱するには、保安院でも東電でもない第三者機関にきちんと調べてもらうしかない。  (本誌取材班)

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 こういうまっとうな報道もあったのになぁ。だけど、週刊誌では、大勢の人に知らせることはできない。NHK・他テレビ・大新聞が全く報道しないか小さくしか報道しないということが致命的だ。福島第一が事故に至った責任は、メディアに大いにあると言える。

 下の動画は、福島第一原発近く20キロ圏内にお住まいで原発モニターをしていた方から、いろいろなお話を聞いてます。既にご覧になった方もいらっしゃると思いますが。地域の人からの話として、原発建設工事には、農家の人、何の手職も持たない人が、いい職場ができたと関わっていたことや、トイレに行くのが面倒なので、そこでしてしまうなんて話が聞けます。工事の道具はいくつも落としてきていると。建設現場では地域雇用として素人が大勢関わっているんですね。建設は熟練職人がしたわけじゃなく素人がしていたということで、もう一つ、ズサンが加わりました。あと、東電社員が、地域住民を置き去りにして、11日には栃木県まで逃亡していたことなども聞けます。

東日本大震災 福島第一原発元モニターからの証言 Reported by MIKE-T

2011年8月22日 (月)

8/17 RussiaToday 福島第一・地面から水蒸気が噴き出している状況について、広島市立大学ロバート・ジェイコブズ教授に話を聞く。

8月17日のロシアトゥデイ放送

福島第一原発で、7月31日と8月12日に起きた大きな余震が起きた時から、蒸気が地割れから噴出していること(日本では全く報道されていない)について、広島市立大学のロバート・ジェイコブズ教授に話を聞いている。

1号機では19日の午後11時、原子炉周辺の19か所に設置されたすべての温度計が100度を下回った」なんて、ニュースがあったけど、燃料が、完全にスルーアウトして地下へもぐってしまったということなんじゃないかと思う。

「2号機の温度は、20日午前11時の時点で最も高い場所が118.4度、3号機では126.4度と、引き続き100度より高い温度を示しています。」とある。これも、2号機、3号機とメルトアウトしていきつつある兆候かもしれない。




女性キャスター

福島原発の作業員が「施設下の地面がひび割れ、放射能を含んだ蒸気が噴出してる」と言います。

3月の津波による破壊で冷却機能は失われ、原発機器が起きました。新たな証拠は、以前より原発の状況が悪くなってることを示唆しています。

広島市立大学のロバート・ジェイコブズ教授に話を聞きます。

蒸気が噴出してる件は、どの程度深刻ですか?


ロバート・ジェイコブズ教授

非常に深刻な事態が進行中です。これは、7月1日(31日らしい)のM6.4と8月12日のM6.0の大きな余震の後、始まりました。

この余震により、パイプや地下の建物が破損している可能性を示唆してます。

放射能汚染水が地中に流れ出してる可能性があります。

その上、ひび割れは大きくなり、蒸気の出口が出来つつあります。

作業環境は以前より悪くなっています。

というのは、問題が建屋や格納容器に閉じ込められていないからです。

放射能がどこにあるかわからない状態なので、作業は依然より難しくなっています。

地中を放射性物質が流れている可能性があります。


女性キャスター

作業員はこうも言っています。

「原発は津波が来る前に地震で壊れた」と。

こう言った日本の原発は耐性基準を高めるべきだと思いますか?


ロバート・ジェイコブズ教授

はい、日本の原発はM8の地震に耐えられるように設計されています。

今回の地震はM9(管理人:途中からモーメントマグニチュードに物差しが変更されましたが)でした。

楽観的シナリオを想定しで設計されたんです。

想定以上の地震が起きることが明らかになりました。

1号機は津波が来る前にメルトダウンしたことに関して、多くの証拠があります。

もし、原発が津波ではなく地震によりメルトダウンしたのなら、M9の地震は日本のどこでも起こる可能性があるので、すべての原発の信頼性や耐震性に疑問符がつきます。

話を放射能を含んだ蒸気に戻しましょう。

これは余震の後続いているんです。

大きく壊れていた原発が、M6.4の余震や、もっと大きな地震もありましたが、現在、炉心が地下に落下しているんです。

格納容器の底に落ちているんです。

仮に、建屋の中の放射能レベル、水圧、温度が下がったとしても、放射能が消えたわけではありません。

溶けた炉心燃料が移動しただけです。

余震により建屋の外に出たのでしょう。

これが、現在見えている放射能蒸気です。

(ガイガー・カウンターの針は、2.39MSV)←間違いのご指摘をいただき「2.39mR/h」に訂正します。つまりは、23.9μSVですね。通常の1千倍~5百倍の値ですよね。

大きな地震は、余震を伴います。

現在の原子炉は、津波はもちろん地震に対しても安全ではないのです。



女性キャスター

耐震性に問題があり、炉心や蒸気の問題とか危険な事態になっていますが、信頼性のない原発は何時廃炉にすべきなのでしょう?


ロバート・ジェイコブズ教授

今直ぐです。

天災は我々の能力を超えているのです。

いろんな天災が原発を襲う可能性があります。

これらの原発は理想の状態でしか運転できないのです。

われわれはそんな世界に住んでいません。

我々は原発と共存できるのか、問い直す必要があります。

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ロバート・ジェイコブズ教授のおっしゃるように、日本は、今すぐすべての原発を廃炉にする方向へ舵を切るべきです。
私達は、原発と共存できません。福一の状況は悪くなる一方。核の暴走には手がつけられません。

北海道の愚かな知事が、お金に目がくらんで、泊原発3号機の営業運転再開を許可しました。毎年、北海道電力幹部から政治献金を受け取り、資金管理団体の会長は北電元会長が務めているだなんて、これこそが、政治とカネですよ!明らかに、北海道電力のお金の威力が危険な原発を再開させているんだから。検察は動くべきです。

でも、動かない。警察が放射能をバラまいた東電を守っているような国。国策は何をしてもいい超法規的存在で、違法行為し放題でも、検察・警察・裁判所が守る。秘書の住まいを建てようとして、正当に不動産を購入したことに因縁つけて、検察審査委員会まで使って、カネに汚い政治家に仕立て上げようとはしても、本当の政治とカネについては知らんぷりよね。

何という国。

2011年8月19日 (金)

「広島の黒い太陽」マンハッタン計画。その計画の中で生まれた原発。浮かび上がる「放射能の人体への影響」についてのデータ蓄積。

 1945年8月6日午前8時15分、広島にウラン型原子爆弾、8月9日、長崎にプルトニウム型原子爆弾が、テニアンから発進したと特殊任務機によって投下された。

  あの朝、広島市には、35万人がいた。爆心から半径2キロメートルが灰と化し、鉄は熱で曲がり歪んだ。核爆発は、一瞬で、数万人を殺し、この年の末までに14万人が犠牲になった。生き延びた者は被ばく者として、放射線の影響による苦痛とともに生きなければならなかった。その数20万人。

 下に紹介する動画「広島の黒い太陽」(NHKBS・フランステレビジョンの国際共同制作)では、

 大量殺りく兵器原子爆弾は、一体どのようにして開発されていったのかとか、

 原発が「マンハッタン計画」を進めている中で誕生したと言うこともわかる。原爆の材料プルトニウムを作るために原子炉はできたのだから、考えてみれば当たり前だ。

 そして、アメリカは、内部被ばくや残留放射能を否定し、原爆をきれいな爆弾と言いながら、核開発当初から「放射能の人体への影響」について、数々の事故や人体実験をし、また、被曝者やその子供達すべてを精密検査して、データを蓄積していた事実が浮かび上がる。

ヒロシマの黒い太陽1 投稿者 PMG5

 冒頭に出てくるのが、下記のエドワード・テラーの言葉だけど、テラーの自慢のような気もする。原爆は、俺が、秘密裏に誕生させたんだみたいな。

 核開発に関わるすべては秘密裏に誕生した。―エドワード・テラー

 アインシュタインがルーズベルト大統領に送ったとされる手紙が紹介されていた。

1939年8月2日 アインシュタインの大統領宛ての手紙】
「ここ4カ月の間にフランスのマリー・キュリーとアメリカのフェルミ、シラードの研究によって大量のウランに核連鎖反応を起こし巨大な力とウランに似た新しい元素を放出する事が可能となるかもしれない。それは爆弾の製造にも適用されるだろう。この爆弾は船で港に持ち込んだとすれば一発で港のすべてを破壊するほどだ。」

 アインシュタインと大統領の共通の友人である資産家がホワイトハウスに手紙を届けた。ルーズベルトの反応は、こうだった。「つまり君はナチスに我々を爆破させたくないというのだね」

 手紙が届いた10日後、ルーズベルトは科学者と軍人からなる諮問委員会を作り、ウランと核分裂の可能性を探る

 アインシュタインからの手紙が、マンハッタン計画を始めるきっかけだったことは間違いないが、「「原爆ホロコースト」の実態~ 「原爆」と「冷戦」の舞台裏 ~」によると、

ちなみに、シラードがアインシュタインに自分のアイデア(核連鎖反応)を話したところ、アインシュタインは「考えもしなかった」と驚いたという。アインシュタインは、シラードが手紙を持ってきてから2週間悩んだすえに、署名したのだった。

アインシュタインは手紙に署名しただけで、「マンハッタン計画」には参加していない。彼は、手紙に署名したことを生涯の最大の過ちとして、その後の人生を平和のために捧げた。

 どうやら、アインシュタインは、知名度を利用されて、「マンハッタン計画」のきっかけにされたということらしい。

 アインシュタインの手紙をホワイトハウスに届けた、アインシュタインと大統領の共通の友人である資産家とは、レオ・シラードでいいのかな?下の写真の人。資産家と書かれたところはなかったけど。こうした、手紙を届けるところが逐一撮影されているというのも、何か不自然な気がする。

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 ホワイトハウスの科学顧問でカーネギー研究所の総長であったバーネバー・ブッシュはアメリカの科学と産業の力を結集しようとしていた。指導的科学者たちをワシントンに招集し、軍産学共同の組織づくりを強く主張した。

 イギリスでは、ドイツをはじめヨーロッパ各地からナチスの手を逃れてきた研究者が力を発揮、研究成果が蓄積していたが、1940年9月、ロンドン大空襲と、対ドイツ戦に孤軍奮闘。イギリスには原子兵器を秘密裏に開発する余力はもはやなく、友好国アメリカにこれまで蓄積してきた研究成果を託すという決断をする。ワシントンの政府中枢にモードレポートという名の報告書が届けられた。

1941年7月15日 モード委員会の報告】

「我々はウラン爆弾を作る事が可能だという結論に達した。25ポンドほどの活性物質を含むその爆弾はTNT1800トンに匹敵する破壊力を持つ。また大量の放射性物質を放出し長期間爆破地域を汚染するであろう

 もうこの時点で、残留放射能の長期間汚染が認識されている。アメリカ軍は、原爆投下において、残留放射能はないと言いきっていた。

 このモードレポートで、ルーズベルトは核兵器の開発にGOサインを出す。大統領直轄の極秘計画だった。

1941年10月19日 ルーズベルトは、核開発計画を許可。以後、アメリカの核開発は議会に図る事無く政府中枢の一部が知るプロジェクトとして進んで行く。20億ドルという巨費が投じられた。

 核物理学に関しては軍の検閲が開始。科学雑誌は核物理の進歩を伝える役目を放棄する。戦時体制に入ったということですね。


1941年12月8日日本軍のハワイ真珠湾奇襲攻撃があり、日本は、アメリカを世界大戦の戦場へ引きずり込みルーズベルトは遂に連合国と合流した。戦火は世界5大陸に拡大。

1942年9月レスリー・グローブス将軍が開発計画トップに任命される。彼はまず原爆開発と産業界を結ぶ事に奔走。本部はニューヨークのマンハッタンに置かれ以後、核開発計画は「マンハッタン計画」と呼ばれる。

 彼は、原材料調達に不安を持っていたが、ベルギー領・コンゴのウラン鉱山の所有者ベルギー企業、ユニオンミニエール社でコンゴ鉱山の差配人、エドガー・サンギエは、1940年にベルギーがドイツに占領されると、コンゴにその手が及ぶ前に全てのウラン原石をマンハッタン島向かいの波止場の倉庫へ運び出していた。手回しがいいですね。開発初期のウラン1250トンは確保された。ユニオンミニエール社は向こう3年間で4億ドルの代金を受け取る。

 グローブスは多くの科学者の研究成果を統合できる人物として、カルフォルニア大学バークレー校の理論物理学者ロバート・オッペンハイマーを選んだ。

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1942年12月2日、大都市シカゴの真ん中でイタリア移民のエンリコ・フェルミが十数人の科学者と核分裂を連鎖させる実験、世界初の原子炉のテストに成功。シカゴ大学の屋内競技場は、グラファイトとウランを結合させた大きな塊に占領された。積み上がった塊の重さは350トン、プロトタオプCP1である。もちろん軍事機密、大学・学生・市民と誰ひとり知らされていない。

 この実験に、特別に立ち会った化学工業・デュポン社の技術主任だったクロフォード・グリーンウォルトの日誌では、この新しいエネルギーが人体に与える影響について言及していた。

【1842年12月2日日誌】

「室内の中性子線のレベルは認可されている量を上回った。ガンマ放射線が24時間単位の人体への許容限度をやや超えていた。実験結果は期待以上のものだった。スリリングな体験だった」

 この日誌は1989年まで軍事機密として扱われた。デュポン社は、1935年にナイロンを発明したアメリカ有数の大企業である。そのナイロンの発明以前、南北戦争時代から第1次世界大戦までアメリカ第一の弾薬供給企業だった。マンハッタン計画責任者のグローブス将軍は原爆開発を実用レベルに進めるため機密を守れる大企業を探していた。ウラン・プルトニウムといった高い放射性物質を扱うには危機管理もしっかりできるコングロマリット複合企業体が必要だった。

 アメリカ西海岸のシアトルから350キロ南に位置するハンフォードデュポン社は1500k㎡の土地にプルトニウムの製造と精製施設を建てた。8万5000人が働き、およそ1年半で、3基の原子炉と100万人に水を供給できるほど巨大な浄水場を作った。

 一方、テネシー州のオーク・リッジではウラン235やその他の爆弾原料を生産した。コダック・モンサント・GEが施設を運営する。

 

 1グラムの核燃料を精製するのに数トンのウランが必要。ベッドタウンとして建設されたオーク・リッジの町に住む作業員の数は数万人。皆、秘密保持の誓約書にサインした。作業工程は分割され、多くの人は終戦後に初めて自分が何を作っていたかを知った

 グローブスはマンハッタン計画の司令部をニューヨークからこの町に移した。ストーン医師はグローブスにオーク・リッジの住民たちに定期的な医療検査を行い追跡調査するよう忠告する。

 「職員の臨床研究は大規模な実験になる。これほど沢山の人間がこれほどの放射能に晒されるのは史上初なのだから」(ストーン医師 1934年)恐ろしい医者がいるもんだ。核燃料精製という作業の内容を知らせず人体実験。

 ハミルトンは1939年から、動物に対する放射線テストを行っていた。放射線による治療効果を信じて疑わなかった。

 放射性ヨウ素の溶液を飲ませ、ガイガーカウンターで放射線が、人体内部に広がって行く様子を調べる実験などを行った。これが治療とは思えない。人体実験をするヒドイ医者。

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 彼は放射性物質が軍事利用できるとも考え始めていた。

【1943年 ハミルトン医師】
 「航空機から放射性物質をばら撒けば一つの都市に匹敵する範囲を汚染する事が出来る、飲料水に混ぜる、井戸を汚染する、食物に入れる、これらの可能性も検討に値する」

【1943年5月25日 オッペンハイマーからフェルミへの手紙】
 「放射性物質食物汚染についてあなたと話したいと思います。この件はもう少し深く生理学的な側面についてハミルトンと一緒に検討するつもりです。彼はストロンチウムについていくつかの極めて有効な研究を行っています。しかし計画を遅らせた方が良いというのが私の意見です。50万人を殺せるぐらい食べ物を汚染できない場合は計画を試みるべきではないと考えます」

 科学者、医者が、大量殺りくを一生懸命に考えていたのがよくわかる。「マンハッタン計画」は大量殺戮核開発計画ですもんね。

 原爆開発が最優先され放射線物質の軍事利用は研究課題とされた。

1942年の夏ドイツは核開発を諦めていた。連合国側は知るよしもなかった。ホントはわかってたんじゃないのかな?

1943年春、オッペンハイマーの提案により、ニューメキシコ州、岩の多い丘稜と砂漠に囲まれたロスアラモスに原爆製造のための実験設備と研究所が建てられた。砂漠によって周囲から隔絶された秘密軍事基地。容易に近づく事も出来ない。ここは今もなお重要な軍事研究施設となっている。1945年まで2000人を超える科学者がここで日夜、世界初の核兵器製造を目指した。研究者・エンジニア、技術者の平均年齢は30歳以下。家族とともに塹壕を巡らせた施設内で外部との接触を断って暮らしていた。 

1943年、ヨーロッパではドイツ軍の侵攻がスターリングラードで食い止められた。ロシアの冬に疲れたドイツ第6軍は、遂にソビエト軍に降伏する。

 その年の夏、カナダのケベックでチャーチルとルーズベルトが会談する。イギリス・アメリカ・カナダは「マンハッタン計画」の実現に向け結束を固めた。カナダにはウラン鉱山があり、3年間でアメリカに1000トンを超える鉱石を供給する事になる。イギリスからは20人の科学者がロスアラモス研究施設に。このケベック協定で原爆開発の国際的な協力体制が築かれた。

1944年夏、原爆材料の製造と精製がフル回転で行われた。ハンフォードではプルトニウム、オークリッジではウラン。しかし、まだ原爆を作るのに必要な量は得られていない。

 デュポン、モンサント・ゼネラルエレクトリックの工場では放射線の人体へ与える影響が、今だよくわからないまま、作業員は日常的に放射線に晒され続けていた。

 8月1日、ロスアラモスの実験室で事故が起こる。23歳の若い科学者、ドナルド・マスティック。彼が実験中、試験管の中でプルトニウムが反応を起こし試験官が割れ、飛び散った溶液が口の中に入った。ヘップルマン医師が直ちに診察しオッペンハイマーに報告した。

 ヘンプルマン医師は放射線物質の研究プログラムを拡大するよう提案する。

 「どんな予防措置をしてもこの手の事故はまた起こると思います。その時のためにこの方面の研究を続ける意義はあると思います」(ヘンプルマン医師の報告)

 「最も急を要した問題は、我々の使う物質の毒性を判定する事であった。まずウラン化合物、ラジウム、ボロニウムなど、これらの物質が人体に入りこむ経路の研究が必要となった」(グローブスの回想録)

 ヘンプルマン医師は放射線物質の体内被曝について調べ始める。職員には内容を知らせず極秘調査だった。

 「放射線の生理学的研究を動物や人体を使って開始する意義はあるだろうな。ロスアラモスではなくどこか別の施設でやってほしい」(1944年 オッペンハイマーの返書)

 「ロチェスターの病院で患者を選び10マイクログラムの放射性物質を注射し、その後の分析は我々の実験室で行うというのが良いと思います」(1945年 ストーン医師)

 体内に放射性物質が入った時、どの程度の量までなら許容出来るのか。その許容量を研究する事が急務だった。←ということを理由に、人体実験は始められたということね。

 

1945年春、ヘンプルマン医師はほかの患者たちに実験を拡大する為のGOサインを得る

 「ついに最初の人体実験を行う日が来た。これで我々の試験法を正確に評価できるようになるのだ」(1945年4月 ヘンプルマン医師)

 

 様々な健康状態の患者がロチェスター・シカゴ・オークリッジ・バークレーの病院で選ばれた。およそ5ミリグラムのプルトニウムの投与には特別に鉛で覆った注射器を使用した。

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 初期3回の人体実験で早々と動物実験との比較結果が裏付けられた。プルトニウムはラジウムより30倍も有害で強力な発ガン性を持っていた。後にヘンプルマンはこう打ち明ける。

 「患者には注射器の中身を知らせないという方針がなされた」(1994年 公聴会 ヘンプルマン医師) 知らせたら承諾するわけない。患者が知らないうちにモルモットにして平気とは恐ろしい医者ですね。

 1944年夏、ソビエト軍はポーランドに侵攻。連合軍はノルマンディー上陸を果たしヨーロッパの戦争の終わりは、もはや疑いの余地がなかった。

 太平洋では12万8000人のアメリカ兵がサイパン島を奪回する。そこに東京を爆撃圏内にするB29爆撃機の出撃基地を設置した。

 

1944年9月18日 ハイドパーク会談、チャーチルとルーズベルトはニューヨーク州ハイドパークで再会。何が何でもマンハッタン計画を成功に導くべきだと確認する。

 「原爆の件では世界に知らされるべきだとの提案は受け入れられない。今後とも最高機密とされるべきである。しかしこの爆弾が使用可能となればおそらく熟慮の後、日本人に対して使用され、降伏するまで繰り返されるだろうと警告すべきである」(ハイドパーク協定より)

 ルーズベルトとチャーチルは1944年の時点ですでに世界初の原子爆弾の標的国を日本と指名していた。

 

1944年秋、グローブス将軍に組織された特別部隊がフランス東部ストラスブールでドイツの核開発プログラムが2年前に中断されていた事をついに突き止めた。

 こうしてマンハッタン計画を推進する原動力であったナチスの脅威は泡と消えさる。

1945年2月 ヤルタ会談 スターリンはドイツ降伏後の90日後に対日参戦することを約束。どちらが先に日本列島を占領するのか日本の運命はまだ決まっていなかった。

 硫黄島の攻略により、アメリカ空軍B29が自由に日本上空を飛べるようになり、日本列島の破壊が進んだ。東京を含む大半の大都市が集中的に爆撃を浴びる。空襲で30の都市の中心地が50%以上も破壊され800万人の人々が疎開した。

 

1945年3月10日 東京大空襲、焼夷弾が一夜にして日本の首都を火の海にし10万人の死者を出した。国中が飢え、食料だけでなく燃料、弾薬も不足していた。海軍も壊滅状態、帰りの燃料も無い間に合わせの飛行機で特攻隊員が最後まで戦った。

 

1945年4月12日 ルーズベルト大統領 死去副大統領だったハリー・トルーマンは、大統領に就任。副大統領にすらマンハッタン計画は隠されていた陸軍長官スティムソンが重大な秘密を告げる

 1945年4月16日、トルーマン大統領就任演説
 「ドイツと日本に告ぐアメリカはあらゆる軍事抵抗がなくなるまで自由のために戦い続ける。我々の要求は変わらない無条件降伏のみである」

 アメリカは無条件降伏が天皇制を保持したい日本にとって受け入れがたい事をよく知っていた。

 

1945年5月8日 ドイツ軍降伏のニュースが世界に流れた。ヤルタ会談の秘密協定に従い、スターリンはソビエト軍の対日参戦の準備を始め、まず満州に部隊を結集させる。

1945年7月15日 ポツダム会談が行われる。この日は、ニューメキシコ州アラモゴルドで初の核実験が行われる予定だった。オッペンハイマーは実験をトリニティー(三位一体)と命名。成功。もはや問題は原爆を日本へ使うかどうかではなく、使うのはいつどのようにであった。

 「爆弾の効果を十分に発揮するには、既に爆撃され破壊された都市は避けるべきだ。山で囲まれた適度な大きさの都市が良い。それによって爆弾の威力がより見極められるだろう」(ターゲット委員会)

 しかしこの条件を満たす都市は少なかった。原爆投下の候補に挙がったのは新潟、小倉、広島。いずれも工業と港の町で特に広島はマンハッタン計画の責任者グローブス将軍が自ら押していた。

 「この地は規模からいって理想的だ。都市の大部分が被害を受けるだろう。周りを囲む丘が丁度被害を市街地で止める。それにより破壊の規模をハッキリと見る事ができる」(グローブスの回顧録)

 日本人に原爆投下を予告すべきかどうか。シカゴの科学者グループは意見を表明した。

 「日本に対し予告なしに核爆弾を使用する事は賢明ではない。もし合衆国がこの新しい無差別な破壊手段を人類に対して初めて使用する事になれば世界中の支持を失うだろう」(フランク・リポート)

 シカゴの科学者の一人、レオ・シラードはワシントンに一人乗り込み国務長官と面会する。しかし国務長官バーンズの反応は厳しかった。

 「我々はこの爆弾の開発に20億ドルを費やしてきた。議会はその金で何が得られたかを知りたがるだろう。すでに使った金の結果を見せないでどうやって原子力研究に予算を付けてもらう気かね」(レオ・シラードの回想)

 この時期、連邦議会は膨大な使途不明金に関心を持ち始めていた。マンハッタン計画はいずれ国民に説明しなければならない。爆弾は標的に対して使われない限り、目には見えず無用なものとなる。

 「事前にいかなるデモンストレーションをしても戦争を終わらせる事は出来ない。直接の軍事使用以外に選択肢は無い」(暫定委員会科学顧問団 見解)

6月1日、陸軍長官ヘンリー・スティムソンは、科学者と産業界代表団との会議に臨んだ。アメリカは戦後を睨んだ核開発計画を立案し、すでに大枠をまとめていた。

 「マンハッタン計画は戦後も引き続き継続されるべきである。施設を無傷のままに保ち軍事目的ばかりではなく産業、技術ようにも相当規模の原料を備蓄する。そして産業開発に門戸を開く」(戦後の核開発計画)

 相当規模の(核爆弾)原料の備蓄と産業開発として原発を、誕生させるってことだよね。

1945年6月末には、アメリカ軍が沖縄本島を占領する。太平洋戦争で最も激烈な戦場だった。1万2000のアメリカ兵と10万の日本兵が死に、それ以上の市民が犠牲となった。

 沖縄は日本本土を守る最後の砦だった。東京では天皇を犠牲にせず戦争を終わらせる交渉手段を模索し、外交官がソビエトに仲介を求めモスクワとの接触を試みていた。

 

7月7日トルーマンとバーンズは巡洋艦オーガスタに搭乗しポツダム会談に向かう。大西洋を航海するさ中、アメリカ海軍諜報部は日本の外務大臣のモスクワ宛て緊急メッセージを傍受する。

 「日本人が戦争を終わらせたがっているという証拠が初めて手に入った。我々が傍受した東郷外相からモスクワの佐藤大使に宛てた電文によると出来れば3大国の会談に出発する前にそれが無理なら会談直後に外相モロトフと会って戦争を終結させたいという天皇の強い意志を伝えるよう指示している」

 「更に連合国の無条件降伏要求が戦争終結を妨げている唯一の障害であり、その要求に連合国がこだわるなら日本は最後まで戦わざるえないと言っている」(フォレスタル海軍長官の日記)

 ニューメキシコの砂漠では初の核実験のその時が刻一刻と迫っていた。準備は整いオッペンハイマーは実験をトリニティー(三位一体)と命名した。

 新兵器を手にした優越感、この優越感が以後、アメリカと世界を変えて行く。


 「大統領も私も核実験の成功を知ってからは、彼らを参戦させる事はどうでもよくなった」(バーンズの回想)

 原子爆弾はトルーマンの切り札となった。

 「原子爆弾をヒトラーやスターリンの仲間が発明しなかったのは世界にとって確かに良い事だった。最も恐ろしい物のようだが、最も有用なものにする事も出来る」(トルーマンの日記)この日記からも、原発として活用する計画があることがうかがえる。

 「患者の準備の状態と気象条件次第で8月1日以降いつでも手術は可能になるだろう」」(グローブスからの暗号文)

 原爆投下への秒読みが開始された。投下命令は、7月25日、太平洋戦略航空軍の司令官に発令された。トルーマンはポツダム宣言の起草を急ぎ、チャーチル、蔣介石に署名を求めた。

 ソビエトはその間のプロセスから完全に外された。ポツダム宣言13条では、日本に対し無条件降伏を要求した上で原爆投下を臭わせた。

 「右以外の日本国の選択は、迅速かつ完全なる壊滅あるのみとす」(ポツダム宣言13条、末文)

 テニアン島の飛行場では、1月前から原爆投下の準備が始まっていた。広島に落とす原爆リトルボーイは4.4トンのウラン型爆弾でロスアラモスで部品が製造されテニアン島で組み立てられた。

 爆撃機はB29エノラゲイ。爆弾は高度9000メートルの地点から投下。40秒後(1945年8月6日、午前8時15分)、広島の上空600mで爆発。核爆発により火の玉ができその温度は摂氏100万度に達する。火の玉は音速を超える速度で周囲の空気を焼きながら広がった。

 広島原爆投下の2日後、ソビエト連邦は対日宣戦布告を行った。ただちに150万人のソ連兵が満州の国境を超えて侵攻、日本軍は敗走した。

 テニアン島では2発目の準備が完了。ファットマンは初の核実験に使われたものと同じプルトニウム爆弾である。

1945年8月9日午前11時2分、観察する科学者を乗せたB29から長崎上空に上るキノコ雲を撮影した。戻ってきた科学者たちは、爆撃機を『ネセサリー・イーグル』(必要悪)と新たに命名する。

 こうして原爆は必要悪になった。

 爆発の瞬間、熱線が襲い物体はその姿を影として残し焼失した。爆心の周囲200mでは人体は蒸発するか真っ黒に炭化した。それより遠くにいたものあるいはコンクリートの壁に守られた人だけが生き残った。

 広島では、蜂谷医師が生存者の救護に当たっていた。

蜂谷道彦『ヒロシマ日記』

 「8月9日 火傷、外傷の有無と無関係に皆一様に訴える症状があるのがわかった。被災者は全て食欲不振がある。その内吐き気、嘔吐を訴えるものがかなり多く入院患者の過半数はこれらの症状が揃っている」

 「脳炎か脳膜炎か脳症状を呈して死んだ者もいる。つまり患者の症状は様々で一定の症状がない。火傷や外傷の無い者で全身に出血斑が現れ口内炎をおこし重体に陥った者がある。次から次へ変わった症状が現れるので私の頭は混乱した」

 「18日、頭の髪の薄くなった者が出始めた皆、血色が悪く顔につやがない。顕微鏡さえあれば血球計算してみるのにと思った」

 「20日、待ちわびていた顕微鏡が東京から到着した。我々の部屋の6人は、申し合わせたように白血球が3000前後であった。正常人の白血球は6000~8000だ。中には500しかないものもある。瀕死の重傷患者は僅か200しかなかった。その患者は採決後、間もなく死んだ」

 日本列島北部へとソ連軍の部隊が迫っていた。アメリカは日本との和平交渉を急いだ。バーンズはトルーマンに天皇の今後をひとまず未決定にする事を提案した。

1945年8月15日 日本国民は始めて聞く天皇の声で戦争に敗れた事を知る。

 

1945年9月2日 戦艦ミズーリ号の艦上で全権代表団により降伏文書に調印された。原爆投下から1カ月後、マッカーサーとその部隊が日本にやって来た。

 まずはじめに広島と長崎に向かったのは記者達であった。ミルフレット・バーチェットは原爆を生き延びた人たちが奇妙な症状に苦しむ様子を目にしたのだった。

【9月5日 イギリス デイリー・エクスプレス】
 「広島では最初の原子爆弾が都市を破壊した30日後、かの傘下で怪我を受けていない人であっても未だに不可解、かつ悲惨にも死亡し続けている。それは原爆病としか言いようの無い未知の何かだ」

 

ヒロシマの黒い太陽2 投稿者 PMG5

2011年8月18日 (木)

NHK「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報」を見て。

 8月9日に無心さんが、昨日14日には、単純な者さんから、ご紹介いただいた、NHK総合が8月6日(土)午後9時00分~9時58分に放送した「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報」は、アメバ動画サイトにアップされています 。

 ツィッターで情報を得て、この動画はすでに見てますが、放送は、見損ねてました。見損ねてもアップしてくださる方のおかげで、こうして見ることができますね。これも、是非、ご覧ください。

 ただ、内容としては、遠の昔にわかっていたことを今わかったとして報道したものです。ネット検索で、『原爆の秘密 ━ 昭和天皇は知っていた(国内編)』(鬼塚 英昭著、2008年7月19日、成甲書房刊)という本すら出ていたことを知りました。「やはり」という思いです。ぜひ、読んでみたいと思ってます。

 この本の内容について、書いてくださっているブログがありました。―、『原爆の秘密 ━ 昭和天皇は知っていた(国内編)』(鬼塚 英昭著、2008年7月19日―です。

 あの戦争は、連合軍によって東京裁判で裁かれただけですが、その裁判は、「天皇」は生き延びるために、アメリカは日本を植民地支配するためにとの利害が一致し、東条内閣を人身御供にして決着をみるとの天皇とアメリカ政府との合意で行われた茶番だった可能性が大いにあります。

 最も裁かれるべき「天皇・大本営」がのうのうと生き延びた結果、今の日本で、赤紙1枚で徴収され戦地で犬死させられた兵士たちが靖国に祀られてしまうという、加害者が被害者を英霊にして祀っているという、まるでブラックジョークの世界が繰り広げられているのが、ハッキリと見えることでしょう。おまけに、超党派のバカ議員が、靖国に参拝しない政治家を非難するという信じられない光景すらあるとは、あきれ果てます。

 あの戦争では、国民もお国のためとされて、子供ですら学徒動員させられて、兵器作りなどを粗食で長時間の強制労働させられていました。そして、戦争末期には、原爆投下に関して、天皇・大本営が生き延びるために、兵士から女・子供・老人とありとあらゆる国民殺りくに協力したとあれば、あの戦争の被害者は、兵士だけでなく、当時の日本国民すべてと言えるでしょう。あの戦争は連合軍に裁かれるのではなく、私たち国民から裁かれるべきなのです。ドイツは、ナチスを糾弾し尽くして、蘇生しました。日本では、戦争に最も責任のある人・組織が生き延びて、今なお日本政治の中枢に巣くい、人権平和憲法は絵に描いた餅にされてしまいました。国民は、いまなお彼らの無責任な所業に命を生活を侵犯され翻弄されているといえそうです。

 また、原爆投下は、アメリカ政府に国民を売って、権力者が生き延びるために認めていたということなら、日本がアメリカにひれ伏して植民地の立場でい続けることは、当然のスタンス、国是ということでしょう。

 米国のために国民支配をしている日本を支配することは、米国にとって楽チンですが、だからといって、米国は、決して安心しているわけではなく、官僚を操るに、マスコミを利用していると思われます。マスコミは、官僚や政治家たちが従米路線を外れることのないように注意深く誘導報道していると感じられるからです。NHK・大新聞・テレビは、従米路線を外れる官僚や政治家を決して活躍させないようにしたり、または積極的に葬り去り、そして、従米路線の政治家を首相に付けるよう役割を果たしていると思われますね。



 さて、アメバ動画は、すぐ見るにはぶつぶつ切れます。開始してすぐにポーズにして、しばらく20分ぐらいjかな、放っておいてからみると、切れないで滑らかに見ることができ、イライラせずに済みます。

 

 それでは、「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報」を。

原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 投稿者 gataro-clone


 内容は、日本にとって原爆は、まったく想定外の奇襲攻撃とされていた。しかし、実際は、日本の諜報部隊が原爆投下に至る動きを事前に察知していたというもの。

 当時使われていたアンテナ↓が今も残っていて、あらゆる方向へ巡らせて、アメリカ軍が発信していた電波を傍受していた。

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 わずかに残されていた機密文書や軍幹部の日記、その肉声が録音されていたテープから、「軍が危険が迫っていることを知りながら、何も手が打たれなかった」という事実が、浮かびあがる。

 昭和20年3月、東京大空襲、アメリカはこのころから日本各地の都市に対する無差別爆撃を本格化させていた。

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 3月10日、東京大空襲では、アメリカ軍が、サイパン島やテニアン島から、B29を344機飛ばし、6時間かけて爆弾(1685ト ン)を雨あられと落とした。死者・行方不明者は8万人(民間の調査 では10万人)以上だった。

 で、本土防衛のため、陸軍特殊情報部(敵国に対する諜報活動を専門とする参謀本部直属の部隊)が秘密裏に発足したってことですね。 

 下の写真は、陸軍特殊情報部。

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 (真ん中に座っているのは、中曽根康弘氏?似ているけど、中曽根氏は海軍だったから違うか。) 

 東京杉並区にある大正時代に建てられた老人ホーム(下写真)を隠れ蓑に、昭和20年の春から、活動を始めていた。

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 部隊に所属していた元陸軍少尉長谷川良治さん(88)は、「部隊の存在は決して口外してはならない」と言われていたと。

 太平洋戦争末期、米軍は日本本土空襲をマリアナ諸島のサイパン島・テニアン島・グアム島からB29を飛ばして行っていた。部隊は、B29が発信するモールス信号の解読をしていた。
 本土防衛のために、どのようにしてB29の動きをつかむのか。特殊情報部は100人以上動員し、24時間体制で臨んでいた。傍受していたのは、B29が発信していたモールス信号。基地などと連絡を取り合う無線信号。そのほとんどが暗号化されていたため、解読は困難だった。

 しかし、冒頭に暗号化されていない短い信号があった。コールサインだ。アルファベットのVに続く3桁の数字で、発信者がだれからか知らせる。

 軍の傍受記録。 傍受記録は戦後ほとんどが処分されたが、一部が見つかった。コールサインの多くが、当時のアメリカ軍の拠点、太平洋マリアナ諸島から発進されていた。

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  特殊情報部はある特徴に気付く。島ごとにコールサインが決まっていた。

 
 サイパン V400番代
 グアム  V500番代
 テニアン V700番代

B29

 コールサインを傍受すれば、いつどの島から何機のB29が飛び立ったのかわかる。追跡を続ければ、どこへ空襲に向かっているのかまで予測できた。

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 「そりゃ、いろんな情報は集まってきます。毎日毎日、3月から日本全国来ますわね。それはまず第一に全部来ますわね。B29。毎晩来るんですから、どっちかに、ね。今日は東京でなかっても、名古屋に来るかもしれませんし、大阪へ行ってるかもわからんし。」

 「どのくらいで来るかというのはほぼ先に見当がつくし、それを纏めて参謀本部へいうんですが。今日はどっち方向へいくらぐらいの飛行機が出そうかと。200なら200、300なら300と。」

 原爆投下2か月前の6月。特殊情報部は、異変に気づく。これまで聞いたことのない謎のコールサインを傍受した。

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 V600代が出てきた。突然現れたV600代の不審なコールサイン。発信元はテニアン島。700番代を使う部隊とは別の600番代を使う新たな部隊が現れた。後に広島と長崎に原爆を投下する第509混成群団だ。そのB29の数は、10~12機。

 その目的は何なのか。特殊情報部は、通信部隊を増員して、テニアン島への警戒を強めていった。 

 第509混成群団の一員に選ばれたラッセル・ガッケンバック氏(88)

 B29の乗組員として、広島・長崎、両方の原爆攻撃に参加した。島での行動はすべて監視され、他の部隊との交流は一切禁じられていたという。最終的なターゲットは知らなかった。

 8月6日も広島に向かうその動きをつかんでいた。 「広島の方へ入ってきた飛行機があるんですよ。B29。これは、特殊任務機が近づいてきたと。これはただ事じゃないと。」

さらに、長崎では、原爆機が迫っていることを軍の幹部が5時間も前に知っていた。

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 しかし、空襲警報すら出されなかった。

 

 空襲警報さえ出されずに無防備なまま、原爆の熱線と放射線に襲われた人々。

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 諜報部隊元隊員の証言。

 「悔しいったらありゃしないじゃない。わかってたんだから」

 日本軍元パイロットの証言。

 「出撃命令さえ出していれば、絶対、長崎は爆撃されていないですよ。確信してます。それだけは」

 テニアン島の秘密部隊の情報を、陸軍上層部はどこまでつかんでいたのか。特殊情報部に入ってくる機密情報のすべてを知る人物がいた。奈良県にいる遺族の下にその資料が保管されていた。

 アメリカ軍に対する諜報を任されていた堀栄三陸軍少佐。情報参謀2部特殊情報部。上層部へ伝えるのが任務。原爆投下を防げなかったことを悔やんでいた。テニアン島について語った肉声が残っていた。600代は正体不明。12,3機しかない。小さなものだ。特殊任務機と呼び出す。それを追っかけていた。参謀本部上層部まで伝えた。特殊任務の目的が原爆投下だとは分からなかったとしている。


 陸軍上層部は、特殊任務気の情報をどう受け止めたか。アメリカの原爆攻撃に気付くことはできなかったのか。陸軍はアメリカが原爆開発をしていることを早くから知っていた。当時陸軍大臣だった東条英機大将が、兵器開発担当幹部に語った言葉、原子爆弾は特にアメリカの研究が進んでいるという情報がある。この開発は戦争の死命を制することになるかもしれない。原子爆弾の開発を航空本部が中心になってこれが推進を測れ。日本から選りすぐりが集められた。ウラン開発の開発を任される、木越。理化学研究所の仁科芳雄博士。陸軍から頻繁に呼び出され進捗状況を聞かれた。

 福島県の山間ではウランの採掘が進められていた。その作業に学徒動員されていた。ここで切り出した石を担いで運ぶ仕事を繰り返していた。過酷な労働を強いられていた。彼らを鼓舞するため、陸軍がその目的を語った。マッチ箱一つぐらいの大きさでアメリカの大都市を一瞬にして破壊できるんだ、頑張れと。

 昭和20年8月に、陸軍は開発を断念。陸軍が作成した報告書には別の理由。放射性ウランは不可能。アメリカにおいてもなし得ざることと判明セリ。

 止めるって言いだすことが難しいと。

 直前、7月16日、アメリカは初めての原爆実験に成功。断片的に参謀本部にも伝わる。原爆だと認める人は誰もいなかった。←なし得ざるとしたことは、認められないということですね。


 アメリカニューメキシコ州で爆発威力の膨大な実験が行われたというのは知っていたが、誰も原爆とは想像しなかった。←ウソでしょう。

 原爆開発にかかわった木越さんは、陸軍上層部が原爆に気付かないはずはないと。日本でこんな小規模で研究をやってもうまくいかないが、上手くいくならアメリカが当然先行くだろうと考えていた。

 8月6日、午前3時に、600代コールサインを傍受。日本に向かっている。ワシントン向けの短い電波を出している。どういう電波やら中身はわからない。今度は、硫黄島米軍基地に対して無線電話で「われら目標に進行中」と。その特殊任務気こそB29エノラ・ゲイ。人類史上、初めて実戦で使われる原子爆弾を積んでいた。


 攻撃に参加したガッケンバック氏は、原爆投下の写真を撮るためエノラ・ゲイに乗っていた。

 テニアン島を飛び立ったエノラ・ゲイは硫黄島の上空を飛んで、広島へと向かっていた。8月6日、広島城に置かれた軍司令部は、いつにも増して空襲への警戒を強めていた。

 連絡係として学徒動員されていた岡さん、当時14歳の女学生は、

 この日の未明、周辺の都市にB29の大編隊が次々と来襲していた。西宮・今治・宇部。空襲の情報を事前につかんでいた参謀本部は、各地の司令部に連絡。それを受けて司令部は空襲警報を発令していた。次に狙われるのは広島かもと徹夜で待機していた。夜が明けた7時過ぎ、一機のB29が広島に入った。午前7時20分ごろ備後水道の方から広島に入ってきた。備後水道から来た飛行機が電波を出したら、それはだいたい気象偵察。これが、広島の上空を通って、また短い電波を出した。これやっぱり、600代です。これはただ事じゃないと。これは特殊任務機が近づいてきたとわかった。

 しかし、この情報は、参謀本部から広島の司令部に伝えられなかった。気象偵察機の後から特殊任務気が迫っていることを知らないまま、司令部は警戒態勢を解除した。何事もなく通り過ぎたから、みんなホッとした。司令官も参謀も夜じゅう一睡もしていないために、食事をして30分ぐらい仮眠をとって帰ってきてもその間ぐらいは大丈夫だろうと。

 エノラ・ゲイは、何の攻撃も受けずに広島に入れた。午前8時15分原子爆弾が炸裂。空襲警報も出されなかった。

 アメリカの作戦命令書によると、まず、気象偵察機が飛び、V675のコールサインを使って、あとに続くエノラ・ゲイに報告すると指示している。


 特殊情報部元少佐の長谷川さんは、上官が自分たちが上げた情報が活かされなかったと悔しがる姿を見ていた。自分の意見が聞いてもらえなかった、残念やったという顔がありありと見える。こんだけ日本を最後まで攻められてきているのに、判断が鈍いということが、自分はわかっているんだけども、参謀のほかの方々には通じなかったと。

 広島の指令部に学徒動員されていた岡ヨシエさん。爆心地からわずか700メートルのところですが、地下壕の中にいたため無事だった。しかし、近くの広場で朝礼に出ていた60人の同級生は、全員なくなった。

 あの時、空襲警報さえ出ていればと、岡さんは今も悔やんでいる。私達の仕事で半地下壕にいて助かったと思えば、皆さんも近くの防空壕に避難していたらなくならなくて済んだのではないかと思った。

 原爆が落とされ、傷ついた同級生の看護にあたった。次々と亡くなっていくのを見守るしかなかった。

 お母さん泣かないで、私はお国のお役にたって死んでいくのと言い残して。


 原爆投下の翌日、広島壊滅の知らせを受けても、陸軍はそれが原爆だと認めようとしなかった。東郷重徳外務大臣は事実の確認を迫る。陸軍幹部は、アメリカでは原子爆弾とかいっているけれども、非常に力の強い普通の爆弾と思われると。原爆を否定する陸軍がその影響を小さく見せようとしていたと東郷大臣は述べている。

 しかし、参謀本部は広島に落とされたのは原子爆弾であると内部では認めていた。原爆投下二日後の8月8日、特殊情報部の中庭で、参謀本部による表彰式が行われた。原爆機のコールサインを突き止めた功績が評価された。

 表彰式に出席していた人物、特殊情報部元大尉の田中国夫さん90歳。田中さんは、参謀本部の人間が、V600番代のB29が、原爆を搭載していたと説明するのを聞いていた。

 「これが最も恐ろしい原子爆弾を積んでいる飛行機だと。これをね、同じ~~~が、こんな全部追跡して撃滅すると、お前さんらみんなごくろうさんだった」というふうな、ねぎらいのお言葉を頂いた。

 その翌日長崎で悲劇が繰り返される。8月9日未明、再び、あのコールサインが傍受される。広島の時とまったく同じV675、発信地も同じテニアン島だった。


 このコールサインを実際に傍受していた人物がいた。諜報部隊元中尉太田新生(90)。

 また、広島に(原爆を)落としたB29が使っていた特別の電波と同じ電波を使って、テニアンの飛行場が通信、内容はわかりませんよ、ただ電波を出しただけ。だから、それだけを私がつかんだ。これは普通ではないとだけ思って、非常に不安を感じた。同じものが近く、どこだかわからないけども、数時間後に日本国内のどこかで落とされる危険大。


 この情報は軍の中枢にまで伝わっていた。それを裏付ける新たな資料が防衛省防衛研究所で見つかった。

 資料を残していたのは、参謀本部の井上忠男中佐。参謀本部のトップ、梅津善治郎参謀総長に情報を伝える側近でした。井上中佐が重要な情報を書きとめていた備忘録です。この中に、8月9日のことを記した、走り書きが残されていた。「特殊爆弾V675 通信上事前に察知する 長崎爆撃5時間前」
原爆機接近の5時間前に参謀本部中枢に伝わっていた。

 長崎から北へ15キロ、大村の飛行場には、九州全域を守るため戦闘機部隊が配置されていた。その部隊でパイロットを務めていた本田稔さん88歳。

 本田さんたちが乗っていた戦闘機、「紫電改」は、b29が飛ぶ高度1万メートルまで飛行可能な数少ない戦闘機でした。本田さんは、原爆を積んだB29が来たら、体当たりをしてでも落とさなければならないと覚悟を決めていた。実は、本田さんは、広島で原爆が炸裂する瞬間を偶然上空から目撃していた。兵庫県から大村の基地に戻る途中のことでした。

 「広島の上空に来るか来ないかわからんころに、バーンと吹き飛ばされたんです。紫電改が吹っ飛んだの。操縦できなくなって、落ちて行って、500メータぐらい落ちたですかね。どうにもならないんです。舵が効かなくて。やっと、舵が取れるようになって、前を見たら、目の前に薄く赤黒い雲がグーッと上がって、今見たばかりの広島が消えて無くなってるんです。ないんですよ。目の前の広島が。頭がおかしくなったですね。あれ見た時には。現実かどうかが自分では見当がつかないんですよ。」


 8月9日午前9時、テニアン島を飛び立ったB29は、九州に接近していた。第二の原爆を搭載したB29、ボックスカーです。

 最初に向かったのは福岡の小倉、しかし、視界が悪かったため、攻撃目標を切り替える。次の目標長崎へと向かう。しかし、本田さんたちの部隊に出撃命令が出されることはなかった。長崎べ向かうB29は確認されていたが、それが原爆機であるということは伝えられていなかった。


 「落ちない飛行機じゃないんですよ、B29は。実際私は落としてますから。非常に難しいですけどね。落ちない飛行機じゃないです。今なお悔しいですね。何で襲撃命令を出さなかったかと。それだけ情報がなかったんですかね。」


 この時軍の上層部は何をしていたのか。皇居では、最高戦争指導者会議が、午前から開かれていた。更なる戦況悪化の情報が入っていたのです。中立を保っていたソビエトが日本に対し宣戦布告。満州との国境を越えてきた。ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をするかどうかが、この日の議論の焦点でした。降伏すれば天皇の地位はどうなるのか。自分たちは戦争犯罪人として厳しく処罰されるのではないか。みな結論を出しかねていた。この会議の席で、梅津参謀総長、陸軍幹部は、広島に原爆を落とされてもなお戦争は続けられるとして、こう発言している。

 「原子爆弾の惨禍が非常に大きいことは事実であるが、果たしてアメリカが続いてどんどんこれを用い得るかどうか疑問である」


 第二の原爆投下はないだろう。原爆機が、長崎に向かっていたその時にも根拠のない主張を繰り返していたのです。まだ、会議が続いていた午前11時2分、長崎に原爆が投下された。またしても、空襲警報すら出されなかった。

 テニアン島から発進されるコールサインを傍受し、第二の原爆攻撃の危険を報告していた太田新生さん。なぜ情報が生かされなかったのか。今も納得できずにいる。

「悔しいったらありゃしない。わかってたんだから。何か努力をしてくれていたら、まだ駄目だったとしてもあきらめられるかもしれないけれども。全然使った形跡がないから、余計悔しいです。」


 特殊情報部が傍受した情報を軍の上層部へ伝えていた参謀本部堀栄三少佐。長崎の原爆についてはほとんど語っていない。戦後書き残した資料には、ただ一言、「コールサインを8月9日も同様にキャッチしたが、処置なし。あとの祭りとなる」と。


 本田稔さん、原爆が落とされた後、次々と運ばれてくる怪我の人を病院に運ぶ命令をされていた。髪の毛もなく服もない体がドロドロに溶けている。このようなことが許されるか。泣けて泣けて。ずーっと今なお思い出すだけ、情けなくなって、軍人として本当に情けない。申し訳なくて。


 原爆投下5時間前に軍の中枢がつかんでいたという事実、初めて知る。わかっていたのに何で命令出さんですか?5時間もあったら十分待機できたはず。これが日本の姿ですかね。こんなことを許していたらまた起きるんじゃないですか?


 8月11日、特殊情報部にある命令が下される。諜報記録をはじめとするすべての証拠の隠滅です。長谷川洋二さんは資料を燃やすように命令された。焼けたら粉にしなさい。証拠隠滅。こんな部がなかったということです。

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 最後に付け加えたいのは、広島・長崎で、各地から召集され市内にいた多くの兵隊も被爆死したこと。その数は1万とも3万ともいわれる。彼らの死は、あまりにも知られていない。

 こちらのページ「被爆死兵士の碑がない広島」に書かれていることに全面的に賛同します。

 戦地では多くが餓死や病死

 第2次大戦中、日本中の男手は根こそぎ徴用され、中国大陸に、ビルマやマレーシア、フィリピン、さらにニューギニアなどの遠い南方諸島の絶望的な戦場に かり出されていった。徴兵制度のもと1銭5厘の、「赤紙」で問答無用に召集され、殺されにいったのである。広島の宇品港は、全国から召集された人たちが、 家族や恋人、友人らと別れをおしみつつ、まともに武器も食糧もなく、輸送船の船倉に詰め込まれて、殺されることがわかっているのに送り出されたところであ る。

        広島には師団司令部があり、練兵場があり、宇品港があり陸軍の拠点であった。被爆当時、20歳過ぎの若者だけではなく、40歳を過ぎ妻子を抱えて召集さ れた人たち、さらに15、6歳の子どもまで少年兵として召集され戦地に送られる状態であった。広島に残っていた兵隊は、武器はなく、軍隊としてはすでに力 無いものであった。

        あの戦争で徴用された人人は1000万人、戦死者は320万人に上った。空襲などで殺された女、子ども、年寄り、勤め人、学生など非戦斗員は100万人 近くに及び、兵隊としてかり出された2百数10万人が異郷の地で死んでいった。この戦死者の多くは、戦斗で死んだのではなく、補給もないなかに放り出され て、ほとんどが餓死であったりマラリアなどの病死という悲惨なものであった。そして日本中の家族、親族の身内のなかに戦死者がいないものはいないという、 日本人全体に深い傷痕を残した。

        この戦争による痛ましく無惨な体験が戦後、平和を希求する原動力となった。戦没者の願いは、2度と戦争を繰り返して、人人が悲惨な目にあうことがないよ うにすることである。戦没者を犯罪者のように扱って平和の力を無力なものにしたり、または慰霊のふりをしてかつての戦争を美化する道具として使い再び戦争 をやるというのでは、戦没者の死を冒涜し、まさに無駄死ににするものといわなければならない。

 あの戦争が、私たち国民にとって何だったのか?戦後66年も経っていますが、ここを総括清算しない限りは、日本の戦後は、民主主義は、独立は、あり得ないものと私は思います。

2011年8月16日 (火)

超党派議員がそろって靖国神社参りに思う。

 昨日8月15日は、終戦敗戦記念日。

 超党派のおバカ議員が、そろって靖国神社にお参りしたそうですね。

 さて、靖国にお祭りされている英霊はどのようにしてなくなったのでしょうか?

 旧日本軍大本営は机上で、無謀な作戦を立て、兵士は戦場へ送られましたが、武器食糧の補給なく、大方は戦う前に餓死し、戦っては、弾薬が底をつき補給なく、孤立無援状態になり、そうなったらなったで、助けにはいかないから、肉弾戦で死ねと玉砕命令したり、生きて虜囚の辱めを受けずと捕虜になることを禁止したというもので、こうした戦争内容は兵士に対する犯罪じゃないかと思いますね。

 杜撰な作戦で、犬死させておいて、英霊に祭り上げる、なんてことは、大本営の犯罪を糊塗していると思います。死んでもなお利用して、死者を冒涜するとは、人間の風上にも置けないのではないでしょうか。


 議員は靖国神社に参拝すべしとか言っているような議員は、先の戦争がなんたるかを知らず、ま、知ってやっているのかもしれませんが、それならなおさら、こんな議員をのさばらせておくことは、また同じ間違いを犯される危険があります。私達国民のためになりません。そんな議員は、全員落選させるべきではないでしょうか。

 戦没者慰霊は、靖国神社とは関係ないところでするのが当然と考えます。

2011年8月15日 (月)

何の手も打たず福島第一原発はメルトダウン→スルー→アウトまで進行。今は地割れから水蒸気が噴出しているらしい!

 【2011・11・7追加】

 最近読んだ浅川凌著「福島原発でいま起きている本当の事」によると、福一原発建屋は岩盤に建設されていて、その地下には土も地下水もないとありました。

 だとすると、下記事の燃料がメルトスルーして地下水に達して水蒸気が上がっているはありえないですね。ということで、追記しました。

 ツィッターで見た情報でしたが、確認が取れたようですね。福一は、おそらくもう手がつけられません。菅政権が、事故後すぐさま、有能な人を集めて原発事故収束プロジェクトを発足すべきでした。まず、東電に任せたのが大間違い。

 長崎に原爆が落とされようとしていたのを5時間前に察知しておきながら、御前会議をして自分たちの保身会議にうつつを抜かしていた大本営と同じように、菅内閣・東電・安全保安院・安全委員会・文科省には、自分たちの保身や利権だけしか頭になく、無駄な会議にうつつを抜かし、実効的な手を打たず、ここまで重篤な状況にしたってことですね。

 税金に巣くっている安全教の人たちには、事故処理など危機に対応できるはずがないのに、事故を起こした時のメンバーが、そのまま事故処理にあたり、ついにここまで来てしまいました。菅政権が有能な政権だったら、メンバーをすべて有能な人たちに入れ替えたでしょうに。ただ、居座り続けるだけの本当に迷惑な政権。

 で、ここまできたら、本当に逃げるしかないみたいです。

 単純な者さんから、拡散とのことです。「拡散」です!

 では、放射能防御プロジェクト 木下黄太のブログ様からです。

福島第一原発敷地内で「地割れ、水蒸気が噴出している」情報。再爆発の懸念も。

 元々、僕に入っていた情報は、8月上旬の話です。夜の九時ごろにおきたこと。福島第一原発の作業員よりつぎの趣旨でメールで情報が地元関係者に届いたという事です。その内容は、「敷地内に​ある地割れから水蒸気が噴出。周りが真っ白になり、作業員が一時退避した。地下で反応しているようだ。風向きでそちらの線量に注意して」​。作業員から自分の知人へ心配して伝えている文脈です。僕としては、この情報の精査を続けていましたが、ようやく、政府内の情報源より「構内の​地面から水蒸気が出ているとは聞いていて懸念している」との話があ​りました。完全な原因は不明ですが、作業員の情報と中身がかぶりましたので、この情報を公にしました。元々の作業員情報には、格納容器に近い場所で、何箇所か地割れがあって、そこから水蒸気が吹き出てくる状態が、恒常的ではないのですが、おきているということも伝わってきています。さらに、10,000ミリシーベルトの箇所も東電の発表と違い、六ヶ所もあるということも伝えてきています。



この情報のニュアンスとしては、再爆発への懸念という要素が含ま​れている事も皆さんには、十分に理解していただけると思います。メルトスルーした核燃料の所在が断定でき​ない中で、再爆発への懸念という感覚が、政府内部でも実は存在している​事だけはお伝えします。その背景には、東電、保安院、経産省の不明​瞭な説明が政府内部でも続いているという事です。補足しますが、再爆発の可能性が高まっているというよりも、その懸念が​続いているという事ですから。説明がおかしいと、内部でも納得してい​ない人がいるということです。おかしな事象がおきていれば、さら​にそう思うのは、ある意味当然の事と僕は思います。水蒸気が噴出している現象が、どこまでの危険度を示すものなのか、過去にまるで類例がないだけに、僕にも想定がたちません。 

<後略>

2011年8月14日 (日)

「封印された大震災 ~愛知・半田~」学徒たちの証言から浮かび上がる大震災の記録。

 戦争末期の昭和19年12月7日、午後1時36分に東海地方を襲った東南海地震は、非常に激しい揺れで地震計の針が絡んで記録が飛んだほどであった。

 全半壊54,000戸 死者行方不明1223人と、恐るべき被害をもたらした。 

 大きな被害を出したのは東海地方に集中していた軍用機工場。そこでは、全国の中学校や女学校から集められた10代の学徒が働いていた。無防備な学徒の上に巨大な壁が崩れ落ちたのである。

 しかし、その事実は、国の徹底した情報操作によって、“封印”される。

 国は、なぜ地震の被害を隠そうとしたのか?学徒たちの証言から浮かび上がる大震災の記録。

 という内容の番組 『証言記録 市民たちの戦争「封印された大震災 ~愛知・半田~」』が、8月10日 (水) 午前0時15分~0時40分、NHK総合で、放送されていた。

 私は見損ねていたというか、知らなかったけど、ツィッターで知り、こうしてネットにアップしてくださる方がいて、見ることができた。

20110810 封印された大震災~愛知・半田 投稿者 PMG5

 ここで述べられている内容はとても貴重です。

 

 まず、この地震は地震兵器で人工的に起こされた可能性がある。地震の波形については、人工的なものか自然に起きたものか私にはまったくわからないものの、そして、私は地震兵器には今まで全く懐疑的だったけれど、下記の証言などから、東南海地震と、そして3.11地震も地震兵器が使われたのではないかと強い疑いを持つようになった。

 その理由は、下記である。

 ●震災から三日後の12月10日、アメリカ軍は偵察写真をさっそく撮影している。
 
 ●「(地震後)数日経ったら、B29が来て、キラキラと。見たらビラだった。拾ってみたらこれがまたショックだった。毛筆で、筆で、地震の次は、何をお見舞いしましょうか?と書いてあった」という。

 そして、以下の証言では、東南海地震はいきなりやってきて、大きな揺れだったことが分かる。私が横浜で体験した3.11地震もいきなりやってきて、とても大きくゆっくりと揺れた。だから、もし、東南海地震が地震兵器で起こされたとすれば、3.11地震と同じ揺れのようなので、こちらも地震兵器だったのではなかろうかと思うのだ。

 ●「ゴオっと。何だろうと思っているうちに足をさらわれて、ピァっと」

 ●「天と地がひっくり返ったよう。うわあと左右に揺れ(両手を上にあげて大きく振る動作をしながら)ましたよね。踊り狂うというか、そういう感じ」

 ●「普通にこう(頭を左右に振りながら)揺れるんじゃないですよ。こう(両手を右から左へ大きく振りながら)なるんですね。」

  地震兵器による人工地震という説には、今まで眉唾と思っていたけれど、地震兵器かもしれないというよりか、それに違いないのではないかぐらいに思い始めている。


 下の東南海地震の波形は、地震が人工的なものか自然に起きたものか、わかる人にはわかりますよね?どうなんでしょう?この派形は。

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 東南海地震で注目すべき点は、最も大きな犠牲を出したのが、中島飛行機であるということ。これも地震兵器の攻撃目標として中島飛行機があったということで合点がいく。

 中島飛行機は、総面積2,700,000平方メートル、従業員29,000人、部品工場から滑走路まで完備した施設では、一貫生産によって1400機が製造されていた。工場の主力は偵察機「彩雲」と攻撃機「天山」。共に世界最高水準の性能を誇る機体だった。

 航空機が戦争の主力。日本軍は戦争初期こそ快進撃を続けていたものの、昭和19年には敗退を続けるようになり、軍は一気に2.5倍に航空機を増産する計画を立案する。熟練工が次々と戦地に送られるなか、学徒勤労令が裕仁天皇の名の下に定められ、学徒は全国から集められた。その数750人。

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 今の中学生以上の子どもたちが、全国から動員されて強制労働をさせられていた。彼・彼女たちの労働環境は劣悪で、航空機の製作という全く経験したことのない作業に、労働は長時間に渡る。

 三宅さんは、一か月に319.5時間働いたとして表彰を受けていた。夜遅くまで10時間以上に渡って働くことが、求められた。

 鶴田さんは、動員生活を毎日、日記に書いていた。工場で支給される食事は、毎日毎食、お茶碗一杯のご飯とみそ汁。お腹がすいてしょうがない、家に帰りたかったと。

 無謀な増産計画の下、故郷を離れ、粗食で長時間、増産活動をさせられていた学徒に、12月7日地震は襲いかかった。

  烈しい揺れを感じたのは、東京から大阪まで13府県に及んだ。被害が集中したのが東海地方。この震災で最大の犠牲者を出したのが、愛知県知多半島にある中島飛行機半田製作所だった。学徒が働く工場が悲劇の舞台となったのだ。

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 工場倒壊での死者153人(うち学徒96人)。実に死者の1割を超えていた。

 【工場で死者が多かった原因】

●壁や塀が煉瓦造りだった。煉瓦が砂を砕くように、避難しようとした人の頭上に崩れ落ちた。
●秘密工場だから戸が簡単に開かない。木戸でどこかへ引っかかる。手を離すとストンと落ちる。
●スパイに覗かれないようにするため、狭い出入口を外から見えにくいように、互い違いに新たに煉瓦の塀を作った。
●もともと紡績工場だったが、飛行機を作るのに邪魔な柱や壁が除去されていて、強度が弱体化していた。

 こうした崩れるべくして崩れた工場に、全国から動員された少年少女が強制労働させられていて、さらに地震が起きても逃げにくい構造となっていたため、犠牲者が多数出た。

 地震発生から数日後、亡くなった学徒の葬儀が関係者だけでひっそりと行われたが、愛知県知事による弔辞は、「今回の震災による殉職は、戦死に他ならない。学徒の務めは、増産に一途に身を挺することにある。今こそ皇国の必勝を信じ聖戦完遂の礎となれ」というものだった。

 東海地方に壊滅的な被害を出した東南海地震。しかし、国民にその実態が伝えられることはなかった。

 地震翌日の12月8日、この日は真珠湾攻撃から3年の記念日だったとは!新聞の1面を大きく飾ったのは昭和天皇の写真だった。

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 地震については、発生の事実を伝えるのみ。具体的被害には一切触れず。

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 そして、被災地では、学徒たちに対して厳しいかん口令が敷かれた。

 【元学徒の証言】

「絶対に地震のことはいっちゃいけない。秘密に。うちに葉書出すんでも、地震がありましたなんて書いちゃいけない。検閲だから、全部手紙が。だから、当時どういう地震なのか、震源地はどこなのか、何にもわからない。ずっとわからなかった」

「軍部で押さえちゃうから。遠くの方は地震があって、被害がそれほどなかったということがあっただけだよ。救援活動ってなかったし、助けに来るものがないよね」

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 (上は、倒壊した中島飛行場だと思う)

 被害が秘密とされたことで、被災地は孤立無援に陥る。破壊された街の復興は一向に進まなかった。

 

 なぜ国は、地震の被害を隠そうとしたのか、その謎を解き明かす機密文書が近年見つかった。

 極秘「内務省勤務日誌」(内務省検閲係の勤務日誌)だ。

 震災にかかわる禁止事項が事細かく列挙されていた。

 中でも厳しく規制されたのが、戦争遂行にかかわる軍需工場の被害だった。国は戦力低下がアメリカに知られることを恐れた。しかし、この日本の隠ぺい工作は無駄に終わる。アメリカ軍は、地震で壊滅的被害を受けたことを知っていた。私は、国民に地震で軍需工場が壊滅的被害を受けたと知られたくなかったというのもあったと思う。むしろ、勝ってる勝ってると国民をだまして、戦争を続行していた政府だから、国民騙しの方が疑わしい。アメリカには知られると思っていたのではないか?

 震災から三日後の12月10日、アメリカ軍が撮影した偵察写真には、地震の被害が克明に写っていた。アメリカは震災の実態を正確につかんでいた。地震兵器が使われたとしたらその成果を知るための当然の行為だと思う。

 12月13日、アメリカは大規模な空襲に踏み切る。標的は地震で被害を受けた名古屋地区の航空機工場。猛爆撃によって工場は壊滅的な打撃を受ける。ここに軍の増産計画の破たんは決定的となる。

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 戦争のため封印された大震災。地震がもたらした悲劇が明らかになったのは、戦後十数年を経たのちのことだった。


 かつて、学徒たちが苦難の青春時代を過ごした愛知県半田市。

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 学徒として悲惨な震災を経験した片山美奈さん(上写真)は、毎年12月7日になると、慰霊碑を訪れている。


 片山美奈さん

 「お父さんやお母さんなんかやね、犬死になっちゃうから、かわいそうだから、碑を作って、永久に残してやりたいということで、この碑を作ったの。うん、うん」
 「この名前を書くだけでね、この子たちが生きていたんだけども、地震で死んだんだよというね、思い出にちゃんと残っているから」

 と、寝食を共にしていただろう震災で亡くなった学徒たちの名前が書かれた石碑をいとおしそうに手で押す片山さん。かつての仲間達を思う心が痛いほどに感じられた。

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 この番組を見て、アメリカ軍は、地震兵器を使って東南海地震を起こしたのだろうという疑いを持った。そして、浮かび上がってくるのは、やはり日本国おなじみの問題点「棄民」だ。

 国を想い、天皇を想い、自らを捨てる覚悟を持ち、ま、そういう風に教え込まれたからだけれども、軍需工場で、劣悪な労働環境の下、粗食で長時間に渡り強制労働をさせられた学徒たちに地震が襲いかかったとき、軍にとって敵に知られてはいけない機密を扱っているからと、地震があって軍需工場が壊滅したことを秘密にしなければいけないからと、地震はなかったことにされ、学徒を含めて被災者が切り捨てられた、棄民されたといういつもおなじみの日本的光景だった。

 いや、もうちょっと考えてみよう。そこに軍の機密がなかったらどうだろう。その場合でも助けなかったのではないか。棄民したのではないか。庶民の生活を命を守ろうなどという気持ちを彼らは持ち合わせているだろうか。国民は彼らにとって、便利に使う対象でしかなく、国費を使う手間をかける対象ではないのでは?兵隊も、玉砕という棄民が行われた。

 私たち国民というのは子供を含めて、権力者側にとって、税金だけ納めさせて、都合よく使ってポイと捨てるというふうに便利に使われていた。いや、今もなお便利に使ってポイと捨てる存在でしかない。子どもに「20ミリシーベルト/年」を許容する国なのだ。

2011年8月13日 (土)

保安院を環境省に移管するより先に、放射能バラマキ事件の総括をして責任者に責任を取らせるべき。

 福島第一原発の事故は、1号機が地震直後に冷却水を失い、12日に水素爆発した時点で、燃料の被覆管であるジルコニウムが溶けだして水と反応しているのだから、炉心では燃料棒のメルトダウンが起きていたと考えるのが当然だと思う。

 

14日には、3号機の水素大爆発が起き、使用済み核燃料プールは吹き飛んでしまったように見える。この時に、使用済みとはいえ、核燃料棒が吹き飛んでいるのだから、チェルノブイリと同等のレベル7に達しているのではないか。スリーマイルは超えているのは確か。

 そして、15日には4号機、2号機とが水素爆発。

 繰り返しになるが、1号機は冷却水を地震直後に失ったが、この時からメルトダウンは始まっているのであり、2~4号機は、1号機よりは遅れて冷却水を喪失し、14日には、メルトダウンが起きていたということ。水素爆発が起きた時点で、被覆管が溶けていることは明らかで、メルトダウンは起き始めていると考えるのが順当だと思うから。

 事故後5か月がたち、いまや、メルトダウンがメルトスルーへ、そしてメルトアウトに進行しているというのは間違いないだろう。すでに、原子炉の燃料はドロドロに溶けて地下水へ達しているという状況かもしれない。

 8月1日、1、2号機の原子炉建屋の間にある主排気筒付近で10シーベルトを検出したと東電は発表した。これは、3月15日の段階で、すでにそこにあっただろう状況を今頃発表したものだろうか。それとも、ツィッターでみたが、現在、原発敷地では、地割れからメルトアウトした核燃料が核反応を起こして噴出しているというものだろうか。こちらの方かもしれない。

 週刊朝日が、10シーベルト検出「汚染源が燃料棒の可能性は否定できない」 という記事を書いている。

 詳しい内容は、記事で読んでいただくとして、内容にちょっと反応させていただくと、東電は、少なくとも10シーベルトは測れる機器を持ちながら、上限5シーベルトの機器で測るということをしているのね。

 これまでの最高値が、6月に1号機の原子炉建屋内で測定された毎時4シーベルトだったのだから、まさに驚愕の数値である。

 しかも、東電の発表では、この「10シーベルト」はここだけではなく、そのすぐ近くにもう1カ所、さらには、この2カ所と同じ配管でつながる1号 機の原子炉建屋内でも毎時5シーベルト以上の放射線量が測定されたという。それも「10シーベルト」「5シーベルト」というのは、それぞれ器具の測定上限 だというから、実際の放射線量がいかほどかわかったものではない。

 あまりにも測定機の能力を超えた放射線量だと、測定器はお手上げになるらしいので、10シーベルトを振り切ったところは、20シーベルト/時までの放射線量、5シーベルトを振り切ったところは、10シーベルト/時までの放射線とは言えそうですが、いずれにしても人が近寄れるレベルではない高い線量だ。

 原発事故当日から枝野幸男官房長官は、「大丈夫だ」「ただちに健康に影響はない」などと言い続けていた。実際は、1~3号機が震災後、間も なくメルトダウンを起こしていたことはあきらか。そして、東電は事故発生から実に2カ月後に、ようやく認めた。

 speediシミュレーションで放射能の流れもわかっていた。「机の上の空 大沼安史の個人新聞」様の「〔☆ フクシマ・NEWS〕 ニューヨーク・タイムズが日本政府当局の「SPEEDi」データ非公開問題を追及報道 「涙の辞任」の小佐古教授 「必死になって繰り返し」公表を求める 首相の「トップアドバイザーら」がこれを無視 北へ逃げた浪江町の馬場町長 「これは殺人に等しい」」記事を引用させていただくと、住民は、避けられた被曝をさせられたことが分かる。

 ⇒ http://www.nytimes.com/2011/08/09/world/asia/09japan.html

 この中で、とくに注目されるのは、あの「涙の会見」を行ない、抗議の辞任をした小佐古・東大教授が、菅直人首相の「トップ・アドバイザー」に対して繰り返し、必死になって「SPEEDiによる拡散地図」を公開するよう求めたが、無視された――と証言していることである。

 Mr. Kosako said the top advisers to the prime minister repeatedly ignored his frantic requests to make the Speedi maps public, and he resigned ……

  小佐古教授は、首相官邸の事務局がSPEEDiの存在に気付いたあとも、当局者らは、その予測があとになって問題視されたとき、費用のかかる避難をさせた責任を取りたくなかったことから、その公表を拒否した、とも証言している。

 However, Mr. Kosako said, the prime minister’s office refused to release the results even after it was made aware of Speedi, because officials there did not want to take responsibility for costly evacuations if their estimates were later called into question.

 タイムズ紙に対する小佐古教授の証言は、日本の政府当局が「SPEEDi」を公開しなかったことで住民に被曝を強いた事実を告発するものだ。(場合によっては当局者らの責任問題にも発展しそうな可能性を秘めている……ただし、これは、大沼の判断)

 また、小佐古教授の教え子であり、菅首相にアドバイスし続けた、民主党国会議員の空本誠喜氏も「最終的に、SPEEDiのデータを隠したのは、首相官邸の事事務局」と断言したした。
 “In the end, it was the prime minister’s office that hid the Speedi data,” he said.

 その一方で、タイムズ紙の記事は、SPEEDiを動かしていた文科省が首相官邸にデータを提供していなかった事実も指摘している。
 文科省の担当者のケンジ・ミヤモトは「(ツナミで原発のセンサーが壊れたので)放射能の放出の強さを知ることができなかったから、避難命令が出た場合、責任を取りようななかった」と言っている。

 And indeed, Speedi had been churning out maps and other data hourly since the first hours after the catastrophic earthquake and tsunami. But the Education Ministry had not provided the data to the prime minister’s office because, it said, the information was incomplete. The tsunami had knocked out sensors at the plant: without measurements of how much radiation was actually being released by the plant, they said, it was impossible to measure how far the radioactive plume was stretching.

 “Without knowing the strength of the releases, there was no way we could take responsibility if evacuations were ordered,” said Keiji Miyamoto of the Education Ministry’s nuclear safety division, which administers Speedi.

 しかし小佐古教授は、不完全なデータであっても、放出された放射能のレベルを推測するのにSPEEDiを使うべきだと要求した。それでも住民の避難を誘導するのに使えるマップが手にすることができるかも知れないと考えたからだ。
 実際、文科省はそれを行なっていた。SPEEDiでコンピューター・シミュレーションしていた。そしてつくられたいくつかのマップは、放射能雲が原発の北西へ拡大することを明確に示していた。

 But even with incomplete data, Mr. Kosako said he urged the government to use Speedi by making educated guesses as to the levels of radiation release, which would have still yielded usable maps to guide evacuation plans. In fact, the ministry had done precisely that, running simulations on Speedi’s computers of radiation releases. Some of the maps clearly showed a plume of nuclear contamination extending to the northwest of the plant, beyond the areas that were initially evacuated.

 これに対して、首相アドバイザーの何人かが、SPEEDiのシステムは放射能雲の拡散方向を予測するのに役立たないと主張した。原子力委員会の近藤駿介は事故後の数日間、SPEEDiが作成したマップは一貫せず。風向きによって1日に何回も変わった、と語った。
 「使えないもをどうして発表しなくちゃならないの?」と近藤氏は言った。「風向きを見た現地の人の何人かは、わかっていたはずだ」

 Some advisers to the prime minister argue that the system was not that useful in predicting the radiation plume’s direction. Shunsuke Kondo, who heads the Atomic Energy Commission, an advisory body in the Cabinet Office, said that the maps Speedi produced in the first days were inconsistent, and changed several times a day depending on wind direction.

 “Why release something if it was not useful?” said Mr. Kondo, also a retired professor of nuclear engineering at the University of Tokyo. “Someone on the ground in Fukushima, looking at which way the wind was blowing, would have known just as much.”

 しかし、小佐古氏やその他の専門家は、SPEEDiの地図は、データを読み取れる人間の手元にあれば、とてつもなく役に立つものだと指摘した。

 Mr. Kosako and others, however, say the Speedi maps would have been extremely useful in the hands of someone who knew how to sort through the system’s reams of data.

 小佐古氏はまた、SPEEDiのデーアの読み取りはとても複雑なものので、文科省と保安院、原子力安全委員会は、データを「ホット・ポテト(難題)」のように回すだけで、誰ひとり結果に責任をとろうとしなかった、と語った。

 He said the Speedi readings were so complex, and some of the predictions of the spread of radiation contamination so alarming, that three separate government agencies — the Education Ministry and the two nuclear regulators, the Nuclear and Industrial Safety Agency and Nuclear Safety Commission — passed the data to one another like a hot potato, with none of them wanting to accept responsibility for its results.

 なお、空本議員によると、菅首相から議員のもとへ、アドバイスを求める電話があったのは、3月15日の夜のこと。空本議員は早速、恩師の小佐古教授を含む。私設のアドバイザー・グループを立ち上げた。

 チェルノブイリ事故でのソ連当局の対応を研究したことのある小佐古教授は早速、枝野官房長官に、SPEEDiを使って放射能の拡散予測を行なうようアドバイズした、という。
 (ということは、枝野長官はかなり早い段階からSPEEDiの存在を知っていたことになる。これに関して、細野豪志は3月23日になって初めて提出を受けた、と同紙に語っている……)

 さて、これらの政府機関の当局者はタイムズ紙のインタビューに対し、SPEEDiの責任は自分のところにはないと、責任のなすりつけ合いをするばかり。原子力安全委員会の委員長に至っては、同紙のインタビューを拒絶した。

 で、こうした「情報非公開」の結果、現地ではどんな事態が起きたか? 
 タイムズ紙のオオニシ記者らは浪江町の住民たちの被曝問題を例にあげている。

 事故後、浪江町にはトーキョーから何の指示もなかった。このため、町役場の人々は季節風の北風の風上にあたる北へと住民を避難させた。町内の津島地区が避難先だった。そこで子どもたちは屋外で遊び、親たちは川水で米をといで炊いた。

 東京の政府当局者がSPEEDiのデータを隠さなければ、被曝せずに済んだかも知れない。

 浪江町の馬場有・町長は言った。「これは殺人に等しい」と。

 500年続くお寺の住職の玄侑宗久さんは、現地で感じたことを語っている(拙ブログ記事)。15日午前2時からアメダスの風向きが消えるという言語道断なことすら行われていた。

原発がどうなっているかという時に、東電が、「津波の高さ」「マグニチュード」「震度」を想定外ということにスゴク違和感を感じた。

想定内であらかた納めようという最近の風潮がもろにあそこ(原発)に露呈した。

禅の考え方では、今日の夕方も想定外。毎日が想定外。自然の中に生きているということはそういうこと。自然さえ想定できるという傲慢がぶち砕かれたということ。

事実をきちんと伝えるということが全くできていない。

きちんとしたデータさえ示してくれれば、分析できる人は世界中にいっぱいいる。
ところが、直接的なデータは示さずに、「すぐに健康に影響する数値ではなりません」。

データとは事実。

「直ちに問題は起きません」というのは、行動を促している。事実と行動を起こすことは違うことである。

しっかり事実を押さえた上で、全体の中でこうであって、あとは皆さんでご判断くださいでいい。

データそのものをハッキリ示してもらいたい。初めから言ってくれないことが多すぎる。
例えば、3号炉にはMOX燃料が使ってある。プルトニウムの危険性が3号炉にはある。3号炉がチェルノブイリみたいになったらどうなるという最悪のことも、福島県民は感じている。ところが、そのことがいつになっても出てこない。
3号炉が水素爆発した時点で福島県民はかなりヤバいと思っている。
あの水素爆発でどういうことになっているのかものすごく知りたかったし、危機感があった。

後になって出てきた15日の放射能の動き。福島県民にすると、1号炉2号炉がいったときにどの程度のものかが非常な関心事。それが、測定器が停電で壊れたといって、空白になっている。わからないという。

15日の風向き、これも午前2時からアメダスの風向きが消える。私らとしたら風向き次第でどっちへ飛ぶか決まるし、何時間後に来るかというのがわかる。その判断するための材料が消される。不安を煽らないためだとしたら言語道断だと思う。

 一切の情報・予報を隠蔽し、または無視して、安全を吹聴し、住民に無用な被ばくを大量にさせたカドで、枝野官房長官・東電・保安院・原子力安全委員会・御用学者は、刑事責任を問われなければなりますまいね。生肉を出してお客を食中毒で死なせた焼き肉店主は逮捕され、店は消滅した。放射能をバラまいた責任を責任者が取るのは当然で、東電は消滅して当然だと思う。つけ足しておくと、送電線と配電網は、私達日本国民のものだからね。民営化して、外資に乗っ取られるなんて国益を損なうことはゆめゆめ許してはいけない。もう一つ付け足しておくと、もちろん、日本国民の財産郵政を民営化して外資に乗っ取らせることも許してはいけない。

 福島原発事故で、原発利権連中、いや霞が関全体、そして菅政権が、住民の命などどうでもいいと考えていることを確信した。安全と思わせて、高レベル放射能汚染地域に放置し死のうが病気になろうが、そんなことは全く意に介しちゃあいない。避難させて国費を大量に使うなんてことはあり得ないわけだよね。

 国民から召し上げた税金は、すべて官僚利権で使うのさ、国民になんか1円たりとも還元するかというのが霞が関の意思であり、そういう霞が関の意思どおりに動くのが、自民党であり菅政権だ。子供手当廃止が自民党と合意して決まったが、高校無償化、高速道路無料化、農家への個別保障とこれらも、取り上げた税金をまた国民に再分配するなんてとんでもない、もらった税金は、すべて霞が関利権で使うのさ、社会保障費も取り上げている税金や保険料や企業負担でするのではなく、新たに一般国民負担にしてすればよいじゃないか、財政難なんだよ国民の面倒なんか見てられないんだよと、国民からせしめた特別会計を100%官僚利権で使いまわすことを考え、もちろん特別会計を侵犯するような出費を国民にするなんてあり得ない、死んでもらった方がよいとする棄民を当然のようにしている。裁判所・警察・検察は、こうした官僚利権を守るために存在する。官僚利権を犯しそうな政治家や有力者は金権政治家や痴漢にでっち上げて葬り去る役目と抜け目がない。そして、なんともいえないのが、自分たちが選挙で選んだ政治家がこうした官僚に与して、一緒に官僚利権の恩恵に授かろうとするのだから、私達日本人は、救われないよね。

 今、原子力発電抑制の立場にある原子力安全保安院を推進している経産省から切り離して、環境省の管轄に置こうとしているが、それはそれとして、今回の原発事故放射能バラマキ事件に関して、住民を被曝させた責任の所在を明らかにし、責任を追及されるべきは追求されるというケジメが行われなければ、ただ省庁間の移動に終わり、利権による隠蔽無責任体質はそのまま引き継がれていくことだろうと思っている。あ、環境省に移すのは、責任をうやむやにするためのメクラマシなのかもネ。

 そうでないというのなら、まずこの放射能バラマキ事件の責任を責任者に取らせるのが先決じゃないの、と私は思う。

2011年8月 7日 (日)

小出裕章さん広島講演 2011.7.3

 昨日、8月6日は、広島にウラン型原子爆弾が落とされました。そして、9日には、長崎にプルトニウム型原子爆弾が落とされました。

  広島に原爆が落ちる約5ヶ月まえの3月10日、東京は空前絶後の大空襲を受け、東京の下町が焼け野原になりました。日付が3月10日になったばかり に、空の要塞と言われた巨大な爆撃機B29が344機東京に飛来しました。344機というのは、飛行機が飛び立ち1分たって次が飛び立ちその後すぐ1分後 に飛び立ったとしても、全部が飛び立つまでに6時間かかるというとてつもない数とのことです。そのB29が東京に爆弾(1685トン)を雨あられと落と し、東京の約40%が焼き尽くされ、10万人が焼き殺されました。1トン爆弾で町内が吹き飛ぶほどだそうです。それが1685トンばら撒かれました。米軍 は東京を焼き尽くすつもりだったのでしょう。

 東京大空襲は一般人の大量殺人でしたが、B29が344機で6時間かけて爆弾(1685ト ン)を雨あられと落とした結果でした。それをたった1発で一瞬のうちに実現させたのが広島原爆16キロトン。長崎はもっと巨大で、21キロトン。たった1 発の原爆によって広島の町は壊滅させられ12万人以上が焼き殺され、生き残った人は被ばく者のレッテルをはられ苦しむことになりました。

  核分裂は、1個の中性子がウランまたはプルトニウムの原子核に当たると、その原子核を分裂させて、2~3個の中性子を出し、それがまた原子核に当たってま た分裂をさせるという、次から次へと中性子という火種をネズミ算的に自分で作っていくので、本質的に非常に爆弾に適しています。原子力が原爆として表れたのは不幸だと言われる方がいますが、原子力は原爆として表れるのが一番適切です。

最近わかったことですが、

人類初の原子炉を作り、マンハッタン計画という原爆製造計画にかかわったフェルミとその計画を主導したオッペンハイマーの会話は、

フェルミ「ヒットラーに原爆製造を思い留まらせるには放射性物質をドイツの小麦畑に蒔くのが効果的だ」

オッペンハイマー「それには骨に沈着して離れにくいストロンチウム90が一番よい。ただし、50万人を殺せる確信ができるまではやめた方がいい」

というもの。科学者がしたとは思えない恐るべき会話です。

このように核開発の出発点は、如何に多くの人を殺す武器を製造するかでした。武器の開発だから当然と言ったら当然でしょうが、フェルミは後に水爆開発に倫理的理由で反対し、オッペンハイマーは広島・長崎への原爆投下を「科学者は罪を知った」と悔やんだという普通に良心を持つ化学者でした。が、こうした悪魔的開発にいそしんでいたのです。

 原爆になるのが適切なモノを発電に平和的に使うという方が無謀ですね。広島は原爆がもたらした800グラムのウランで町は壊滅し、死の灰が黒い雨として生き残った人々に降り注ぎ健康を害して今も苦しませています。100万キロワット原発が、1年間に生み出す死の灰は1ト ン。日本には54機の原発があり、一体毎年何トンの死の灰を生みだしているのでしょうか?

 原発は、爆弾として最適の性質核分裂を利用して発電を行っていること自体が危険なだけでなく、危険極まりない死の灰を大量に生みだしていきます。

  地震によって冷却水を失った福島第一原発は、制御棒注入には成功したものの燃料棒が露出し、被覆管ジルコニウムが高熱で溶け水と反応して、水素を充満させ ることになり、1~4機で水素爆発が起き建屋が吹き飛び、放射能を大量に放出し、福島県だけでなく東北関東地方を海を汚染しましたが、今なお放射能ダダ漏れ状態です。メルトダウン→メルトスルーと状態は悪化する一方です。

 原発の危険が露呈した福島第一原発事故ですが、こんな状態でも原発全廃に向かわず、原発輸出を推進したい日本政府は、利権に目がくらみ、人々の命や健康や生活などかえりみないということでしょうか。

  日本では、「Nuclear weapon」を「核兵器」と訳し軍事利用とし、「Nuclear power plant」を「原子力発電所」と訳します。「Nuclear 」を一方では核と訳し、一方では原子力と訳すわけです。「核」と訳す時は「軍事利用」、「原子力」と訳す時は「平和利用」だという理屈。違うもののように 訳し分けています。そのせいで、日本人は「核兵器は悪いけれども原子力は平和利用だからいいのだ」と信じ込まされてきました。

  「Nuclear Development」は、何と訳すかというとイランの場合は「核開発」と訳し、ウラン濃縮工場を作ろうとしているイランが「Nuclear Development」をしていると非難されます。「ウラン濃縮」は、広島型原爆を作るために開発された技術で、まぎれもなく核兵器と関係しています。 しかし、イラン自身は、自分たちは核兵器を作ろうとしているのではなく、原子力の平和利用をしようとしているのだと言っています。それでも、欧米や日本 は、あれは核開発だと。あいつらは悪いやつらで核兵器を作ろうとしている、制裁しなくてはいけない、場合によっては軍事攻撃をしてしまおうと言っていま す。

 日本が「Nuclear Development」をする時には、「原子力開発」と訳して、先進国にとって絶対に必要なモノだとします。日本はウラン濃縮をしています。巨大な原子 力発電所を山ほど持っています。原発からプルトニウムを取り出すのが再処理工場ですが、日本は再処理工場すら持っています。

 技術に軍事利用も平和利用もありません。使いたいときにどっちだって使えます。

 野坂昭如氏は、「軍事利用平和利用などという区別はない。あるのは平時利用と戦時利用だ」と。

 日本とイランの「Nuclear Development」に変わりはないし、区別できるものではないでしょう。「あるのは平時利用と戦時利用だ」ということですね。

 下の動画は、7月3日に広島で行われた小出裕章氏の講演です。上に書いたことはこの動画の内容にそっています。小出裕章氏が、問題だらけの原発について、丁寧にわかりやすく説明されています。ぜひご覧ください。

2011年8月 5日 (金)

3月12日の1号機水素爆発から事実を振り返ってみた。

3月12日の1号機水素爆発から事実を振り返ってみた。

福島第一原発 ふくいちライブカメラ (1) 2011年3月11日-18日



3月12日午後3時20分発表(東電発表)
午後3時現在 1号機では、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置(ベント)を実施しましたとなっている。下、3時01分煙突からガスが出ている。

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3月12日午後3時36分ごろ(東電発表)、1号機は水素爆発したのに、1号機は無事な姿で写っている。
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3月13日午後2時現在(東電発表)
3号機で、原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置を実施しましたとなっている。
だから、そのベントのガスが写っていると思ったけど、これも1号機は無事なところをみると、差し替えられたものですね。

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●14時過ぎてもベントされている様子が映っている。しかし、無事な1号機。上とこれは、過去のベントのものだろうか。
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3月14日午前11時1分頃に、3号機は爆発しているはずなのにその様子は微塵も感じられない。1号機も無事なり。
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3月15日朝6時ごろ、爆発した4号機の煙だと思われる。
2号機には同じ時間ごろに圧力抑制室で爆発があった。損傷した1号機が写っている。
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●爆発した4号機は、9時38分頃、原子炉建屋4階北西部付近に出火(東電発表)とあり。
出火中の4号機からの煙かな?それにしては白いし、少なくとも3つの白煙源があるように見える。
損傷した1号機が見える。
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●3月15日の15時にも、上の写真とほぼ同じ場所に白煙が上がっている。
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3号機がじゃかすかと放射性物質放出している?
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これも!16日中はずーとこの調子。3号機だね、きっと。
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17日からすっきりした白煙が時々起こるもののおさまった映像になる。

1号機~4号機までの水素爆発は、爆発的事象と発表し、その後に続く白煙噴出による放射能の大量放出は報道されていない。

福島第一原発 ふくいちライブカメラ (2) 2011年3月19日-21日

では、ちょうど21日が見づらい状況となっていて、黒煙が確認できる程度の見え方となっている。19日以外は白煙か黒煙かはずっと上がっている。逆に19日に何かあって差し替えたのかな?20日朝7時には、3号機からか結構な白煙が上がっている。

枝野官房長官は、水素爆発を爆発的事象などと言い換えた発言をしていたが、3号機は、下の無残な姿となっていた。


21日午後3時55分ごろの3号機。この写真はニューヨークタイムズが撮影したのだと思っていたら東電提供だったのね。日本のメディアがこの写真を採用しなかったということにつきるんでしょう。

そして、3月21日から、東京始め、関東地方がひどく放射能汚染された。21日には何があったのか?

福島原発3号炉から黒煙

黒煙が上がっている場所は、屋上南東側。使用済み燃料プールがある場所。

煙は、黒色や灰色に変化(原子力安全・保安院)したという。

東京が放射能に汚染された日 2011年3月21日(早川由紀夫群馬大学教授のtogetter)

早川由紀夫氏による汚染マップ

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フランスによる粒子拡散予測


放射性物質移流拡散シミュレーション 2011年3月12日-2011年3月27日

SPEEDIの公表されなかった6,500枚の放射能拡散試算図



 アーニー・ガンダーセン博士は、福島原発の放射性物質の約90~95%は、事故後最初の6週間(3月・4月)で放出されたとおっしゃっている。これに、間違いないと思う。原発が激しく放射能を放出している時、日本政府は、国民の命を守るために最大限の努力をしなければいけなかった。汚染マップをもとに住民を強制避難をさせなくてはいけなかった。しかし、アメリカが自国民に原発から80キロ圏外へ出るよう避難勧告をしたというのに、枝野官房長官は、直ちに身体に影響はないと「安全」を強調し、speediによる放射能拡散予想を隠し、結局、高濃度に放射能汚染された地域に、人々を留め置くことになった。もちろん人々は被ばくをしている。でも、知らないから、被ばくしながら、田んぼの稲わらを酪農家に出荷し、全国の牛がそれを食べてセシウム牛肉が市場に出回わるということになり、また、高濃度汚染の腐葉土を出荷してホームセンターに商品として並ぶということとなった。

 被害を拡大させた責任は、放射能汚染予測を隠して、人々を汚染地に留め置いた菅政権にある。即刻辞めていただきたい。

 このような国民の命や生活を省みない菅政権が、子供手当廃止を自民党と合意したというのは、自民党に押し切られて合意の形にしているものの、その実態は喜んで合意したというものだろう。この政権の使命は、子ども手当等「国民の生活が第一」とする民主党政策を潰すことだとしか思えないから。

2011年8月 3日 (水)

市川定夫氏講演「チェルノブイリ放射能はジェット気流に乗って日本へやって来ただけでなく、輸入食品としても入りこんでいたが、日本政府は・・。」

 市川定夫さんとおっしゃる方が、日本がチェルノブイリから飛来した放射能で高汚染されていたことやその時の原発を推進したい日本政府がとった態度や、原発事故によってもたらされた人工放射能がどのように濃縮されていくのか、傷つけられたDNAが子孫に現れてくるだろうこと等の内容をわかりやすく講演されている動画がありました。市川定夫さんも京都大学出身の方なのですね。以下の紹介文は、動画説明に書かれていたものです。書かれていた順番は逆にしました。

 【市川定夫氏】

 1935年大阪府生まれ。京都大学大学院修了。農学博士。米国ブルックヘブン国立研究所研究員、メキシコ国立チャピンゴ農科大学大学院客員教授、埼玉大学理学部教授等を経て、現在、埼玉大学名誉教授。その間、伊方原発訴訟や原爆症認定訴訟などの原告側証人として放射線と遺伝の関係を証言。また、ムラサキツユクサの研究は有名で­、ごく低線量でも生物に影響があることを証明。1995年から原水禁国民会議副議長を務め、今年4月に議長に就任。

 1.放射能ってなあに? 2.汚染食品を食べるとどうなるの? 3.放射能が平気な人もいるみたい 4.どうして放射能は危ないの? 5.生き残れるの私たち
子供達の未来のためにこれだけは知って欲しい。

 なお、文字起ししてくださっている方は・・・と検索したところいらっしゃいました!

 ●輸入食品に含まれる放射能について解説……ドキュメンタリー「放射能はいらない」【動画&文字おこし1】
 ●市川定夫氏の放射性セシウム体内濃縮の講義が、かゆいところに手が届きすぎる!……放射能はいらない【動画&文字おこし2】
 ●【必見】「天然放射能と人工放射能の違い」を進化の過程を踏まえて教える、人気予備校講師レベルのわかりやすい講義……「放射能はいらない」【文字おこし3】
 ●ドキュメンタリー「放射能はいらない」【文字おこし4】(近日中に掲載いたします)←とのこと。さすがに疲れますよね。


放射能はいらない_1/4



 私的に印象に残ったところを抜き出してみます。と言ってもほとんどみたいな。

 1986年5月、チェルノブイリ事故(4月26日)の放射能は日本までやってきてお茶を汚染していた。

 セシウム137   118.5
 セシウム134    62.9
 ヨウ素131     925.9
 ルテニウム103  129.6
 ルテニウム106   32.2

 計         1,269.1

 現在でもこの汚染されたお茶には、まだ200ベクレル近くのセシウムが含まれているとのこと。このビデオはいつ作られたのでしょう。チェルノブイリ事故が発生した時、市川氏は51歳。その数年後のビデオでしょうか?見た感じそのくらいのお歳ですね。とすると、20年以上前の制作。セシウムの半減期は30年だから、今はやっと半分になったことでしょう。

 

 円高グルメブームの反映で、年間2500万トンもの食品が輸入されている。日本人一人当たり、1日600グラム、カロリー摂取量にして食品の半分が輸入になっている。国内メーカーの食品にも知らない間に輸入食品が使用されているが、国産として売られている。食の国際化の名のもとに、原産地もどんな作り方をしているのかもわからない食品が大量に日本人の胃袋に吸収されている。

何とチェルノブイリ原発事故以降、日本は、ヨーロッパ諸国からの輸入を大幅に増やし、甘い基準値抜け穴だらけの検疫体制によって、大量の汚染食品が市場に出回ることを許していただそうな!これには驚き!

チェルノブイリの時は厳しい基準値で臨み、少しでも汚染されていると突き返していたと聞いたような気がするのですが。福島で基準値が甘くなったと思っていたら、チェルノブイリ事故でも甘かったとは。

ヨーロッパからの放射能汚染食品の輸入は事故後に大幅に増え、大量に食べさせられていた!何という政府!国民の命や健康を守らない政府!


86年の輸入実績

スパゲッティ        前年比30%増
ビスケット・クッキー類  前年比54%増
ソ連産はちみつ      前年比32%増
チョコレート         前年比40%増


厚生省の輸入検疫など全く当てにならないので、数多くの市民グループが食品の放射能測定をする。

フィンランド産のチョコレートにセシウム137、セシウム134、キログラム当たり40ベクレル程度の放射能が検出される。イタリアからのスパゲッティは、すべてに検出されるという状況ではなく、40ベクレルあり、ほとんど検出されないものもあり。判断しにくい。

フィンランド産のピートモスには、非常に多くだいたい2000ベクレルぐらい出る。

福島原発事故では、那須の牛農家が牛に与えていた稲藁からは1キロ当たり14万7千ベクレルの放射性セシウムが検出され、栃木県の腐葉土から1万1000ベクレル検出されている。栃木県は非常に汚染されているとみてよい。栃木県には濃厚な放射能プルーム雲が回っていったとみられる。そうしたところの肥料とか飼料とか外に置いて雨にさらされているものの汚染は大きいと言えそう。



遠く離れたチェルノブイリだが、汚染食品は身近にたくさんあったということにも驚かされた。

国産の粉ミルクにはオランダなどから輸入されている乳糖が使用されており、どこのメーカーのものでも2~3ベクレルは汚染されていたという。

ええっ!とすると、うちの子に汚染粉ミルクを飲ませていたってこと!知らなかった。

そして、やはり、福島で原発事故が起きておさまっていない今、牛乳は飲むべきでないと思った。NHKで、運動後の牛乳が疲労を回復させるとかを「試してガッテン」でやり、また次の日の朝に同様な内容を報道したけど、これに乗せられて牛乳を飲んでいる人も増えたのではないかと思うけど、今は、牛乳系のものは取らない方が正解だと思う。


この2~3ベクレルという汚染値は乳児にとって、どういう意味を持っているのか。


市川教授:

乳児は大人の100倍ぐらい感受性が違う。赤ちゃんが2~3ベクレル飲んでいるということは、大人が200~300ベクレルのものを食べているのと同じことだから、決して無視はできない。かといって、その赤ちゃんが絶対に危険かというとそうも言えない。確率的に起こる問題である。

妊娠後期の胎児と乳幼児ぐらいまでだいたい同じ。学童は大人の10倍。妊娠初期はもっと感受性が高いが、ひどい傷がつくと流産してしまう。結果として出てくるのは、(感受性は)妊娠後期かそれよりもかえって少なくなる。」


ミルクのセシウム137と134検出データをみると、ほとんどが3ベクレル程度の汚染。
雪印スキムミルクが8近くと高く、雪印牛乳アカディが何と24.93ベクレルとぬきんでて値が高い。雪印のヨーグルトナチュレはほとんど汚染されていない。よく字が読めないですが、87~88年のデータのようです。


輸入チョコの汚染値は、何とソ連がほとんど検出されてなく、フィンランド、特にスイスが78.5?と高くなってますね。日本も明治チョコレートはヨーロッパ産を混ぜていたのか、最高で25.6?ベクレルと結構検出されてますね。ロッテはほとんど検出されてないですが。


輸入ジャム・ハチミツは、高いところが、ソ連のチェリージャムの41.0ベクレル、ブルガリアのイチゴジャムの46.1ベクレル。


輸入スパゲッティは最高で85.2ベクレル、最低では3.0ベクレルとバラツキはあるものの、汚染されているものの方が多い。

輸入食品が半分の割合で日本人の胃袋に収まっていたというから、大人も子供もかなり食べさせられてますね。おそらく。


チェルノブイリ原発事故では、セシウムの50倍から100倍危険だとされるストロンチウム90も大量に放出した。しかしこうした測定機ではβ線しか放出しないストロンチウムは全く測れない。輸入食品にストロンチウムは含まれていないのだろうか。


市川教授:

「炉の中の生成量から見たら、ヨウ素131の直後の量としてだいたいヨウ素131を100とすると、セシウム137がだいたい7、ストロンチウム90は6ある。放出される瞬間は、100に対して7、6の割でだいたい出たはず。

ところがストロンチウム90の方が、いろんなものと化合しやすいというか結合しやすい。カルシウムと同じ。化合物になって重いものだから、近辺には落ちたけれど遠いとこはあんまり行かなかった。だから日本でいえば圧倒的にセシウムに比べてストロンチウムの飛んでくる量は少なかった。

ストロンチウムの量は事故現場に近ければ近いほどセシウムに匹敵する量がある。日本に来てる食品の中でも、事故が起きた近辺に近いほどセシウムに近いストロンチウムがある。同じヨーロッパ産でも遠いほどセシウムに比べてストロンチウムはうんと少ないという、関係になっている。

最大限見積もれば例えばブルガリアから来るバルクワインだとか、ブルガリアから送られて来るパスタ類とか、そういったものをとりあげれば近いから、ストロンチウムがセシウムに比べて半分くらい入ってることはありうる。」


ストロンチウム90はなぜセシウムの50倍から100倍危険なのか。


Photo_4

ストロンチウム90は骨に入り、50年たっても半分しか排出されない。つまり、取り込んだら最後ほぼ一生涯放射線を被ばくし続けるということ。

ではなぜ、放射能は種類によって体内の集まる場所や器官が違ってくるのか。


Photo_5

放射能の生体濃縮 ヨウ素131の場合

86年5月3日、チェルノブイリ放射能はジェット気流に乗り、わずか1週間で日本に到達した。事故は4月26日。

雨、大地、野菜、水道水、牛乳、母乳など、日本国中ありとあらゆるものが放射能で汚染された。
その中でも特に濃度が高かったのが、ヨウ素131である。

370Bq/kg=10000pCi/kg

このころ、今の輸入制限値よりも高いか、その前後の値がたくさんザラザラ日本にあった。チェルノブイリ事故は、この8000キロ離れた日本にそれだけ放射能を、ヨウ素を降らしていた。


ヨウ素は放射能の半減期が8日、厳密には8.06日。この8日でどんどん減っていくはずのヨウ素が、濃縮ということに、どういう現象を起こしたか。

Photo_3

どんどん減っていくんじゃないんですね。次のピークが先のより6~7倍高いピークが現れるのですね!

市川教授:

「ヨーロッパでは、5月1日にピークとなったヨウ素は8日ごとに減っていったが、5月の半ばごろから上がり始めて、最初のピークの6~7倍のピークとなり、また、8日ごとに半減していく。

ピークを示したのは野菜・牧草・植物。これが濃縮である。

日本政府はどうしたか?

科学技術庁は、5月19日に記者会見をして、環境中の放射能のヨウ素がどんどん減ってきたので観測を打ち切ると発表した。5月22日を持って、全都道府県で測っていた体制が打ち切られた。5月21日のデータが最終となった。

ヨーロッパは4月28日から降り始めたが、日本は5月3日からだったから、5日遅れ。日本の5月22日は、5月17日。今から野菜や牧草のデータがどんどん上がるという直前に打ち切った。もっと続けるべきと訴えたが聞き入れられなかった。

どうして打ち切られたか国会の質疑にもある。なんて答えたか。

日本は絶対値でヨーロッパより少なかったが、同じパターンは見られた。

先のピークですら基準値を超えていたのだから、次のピークは、はるかに超えていたはず。

科学技術庁は、じゅうじゅう知っております。日本で5月6日ごろピークがあったら、次のピークは6月6日ごろです。

日本はいずれにしてもヨーロッパに比べてデータが低い。すぐさま健康に影響があるようなデータではない。こういう高いピークが現れることを国民が知って神経質になって食事を食べなくなったり、ノイローゼになったり健康上問題が大きいからやらなかった。(って、今とおんなじだね)


そうじゃない。、こういう事実を知られたくなかった。これを知らなくても、朝日もNHKも毎日も読売で、原発反対世論が5割を超えた。もしこれを知っていたら、もっと変わっていたろう。ヨウ素が減ったところで行った世論調査で5割だった。

しかも、ここで科学技術庁は安全宣言を出した。これまで気持ち悪いと思っていた人も、バリバリ食べ出した。(ヒドイ!東海村臨界事故も死の灰が漂う中で科学技術庁は安全宣言!)

牛乳は3日遅れ。なぜかというと、牧草に入ってそれを牛が食べて牛乳に出るのに3日かかる。

ヨウ素は早く濃縮する。だから、事故の後ヨウ素を一番心配する。ヨウ素は、私達の体に非常に早く入ってくる。植物の場合、空気中から植物に入り、何百万倍にも濃縮する。我々が得ているデータでは、200万倍ないし1000万倍に濃縮する。

人間が食べると、甲状腺に集まる。植物は、活発に成長しようとしているところとか、花を作ろうとしているところへ集める。甲状腺でヨウ素を集めて成長するホルモンを作りだして子供が成長する。大人の場合は、体の調子を維持するためにヨウ素が使われる。

こういうヨーロッパのデータがあるのに、どうして出したがらないか?

大人に比べて成長にホルモンを必要とする子供が甲状腺に集める速さは大人よりずっと早い。学童小学校ぐらいの子どもは、大人の10倍ぐらい早い。それから、乳児、妊娠後期の胎児は、学童よりもさらに10倍速い。従って、乳児と大人を比べると100倍も違う。


赤ちゃんの甲状腺に放射性ヨウ素が集まるとどのような障害を引き起こすか。

それはほとんど解明されていないが、生まれつき甲状腺ホルモンの分泌に障害があるために起こる病気として、クレチン症別名先天性甲状腺機能低下症がある。

表情に乏しい、不活発、便秘がひどいなどの症状があり、ほおっておくと発育障害を起こす。つまり、体の発育が止まれば身体障害、知能の発育が止まれば知能障害になる恐ろしい病気である。

このクレチン症の赤ん坊が、スリーマイル原発事故の翌年には、その周辺地域で平常時の4倍以上生まれたとの報告が出されている。

また、アーネスト・スターングラス博士は、スリーマイルの風下地域で、新生児の死亡率が40~50%も異常に急上昇したという研究結果を発表告した。

では、スリーマイル島事故ではどれだけのヨウ素131が放出されたのか。公式発表での最大値は、事故二日後に周辺の牧場から集めた牛乳1リットル当たり36pCi。(この数値がアヤシイですね。実はこの100倍以上、もっとかも。)

一方、86年5月、日本での測定値は茨城の原乳から310pCi。新聞には発表されなかったが、島根の原乳からは678pCi。また、輸入の配合飼料ではなく、屋外で草を食べていた千葉のヤギ乳からは、2350pCi。

これらの発表データを信じるとしたら、ほぼ日本全域でスリーマイル島周辺の10倍から20倍の汚染があったことになる。果たして日本の幼い子供たちはどのような影響を受けたのだろうか。

 以上、放射能はいらない 2/4 の半分ぐらいまで、はみ出した内容となりました。

 ぜひ、このビデオを最後までご覧ください。チェルノブイリ事故の影響も相当にあったことも私は初めて知りましたし、日本政府にはこの時にも国民を守る気持ちなど微塵もなく、国民に放射能汚染を隠し、汚染された食品を食べさせ、赤ちゃんにまで被曝させて平気だったことがわかります。

 こうした政府に任せていることは危険です。政府任せにせず、私達国民が自ら動いて、この国をまともにする必要があると思いましたね。

 
 ●放射能はいらない 3/4

 
 ●放射能はいらない 4/4

2011年8月 2日 (火)

東電福一原発の1号機と2号機の間の排気塔付近で、1時間当たり1万ミリシーベルト超の放射線量!

 原発事故は、悪化の一途。じゃなくて、3月12日からずっとだったものが、昨日わかったというか、報道されたってこと!?

 まずは、NHKニュース

 

1万ミリシーベルト超の放射線量   

   

8月1日     21時4分     twitterでつぶやく(クリックするとNHKサイトを離れます)    

東京電力福島第一原子力発電所の、1号機と2号機の原子炉建屋の間にある屋外の排気筒付近で、1日午後、これまでで最も高い、1時間当たり1万ミリシーベルトを超える放射線量が計測されました。東京電力は付近を立ち入り禁止にして原因を調べています。

   

東京電力によりますと、1万ミリシーベルトを超える極めて高い放射線量が計測されたのは、1号機と 2号機の原子炉建屋の間にある排気筒の底を通る配管付近で、1日午後、東京電力の社員が棒の先に付けた線量計で測定したところ分かりました。この場所は、 先月31日、特殊なカメラを使った観測で高い放射線量が出ていることが分かったことから、1日、改めて詳細な計測を行ったということで、東京電力は付近を 立ち入り禁止にしました。また、計測した作業員が、最大で4ミリシーベルトの被ばくをしたということです。福島第一原発でこれまで計測された最も高い放射線量は、▽屋外では3号機の南側で見つかったがれきからで、1時間当たり1000ミリシーベルト、▽屋内では1号機の原子炉建屋の中の1時間当たり 4000ミリシーベルトで、今回はそれらを上回っています。東京電力によりますと、今回、極めて高い放射線量が見つかった配管は、地震の翌日の3月12日 に、1号機でベントと呼ばれる外部に放射性物質を放出した際に使用したもので、その際に高濃度の放射性物質が付着したのではないかとみて調べています。ま た、東京電力によりますと、この付近で今のところ復旧作業を行う予定はないほか、1号機を覆うカバーの設置も遠隔作業で行うため、影響はないとしていま す。

毎日新聞にあったこの写真↓も。

【8月1日、1、2号機原子炉建屋西側の排気筒下部の配管付近で、10シーベルト超の放射線量を計測した作業員=東京電力提供】

http://cryptome.org/eyeball/daiichi-npp/daiichi-photos.htm
の写真ページで1号機と2号機の間が、上から見られます。その部分だけ切り取らせてもらいました。
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 次に、日経新聞

福島原発で10シーベルト以上の放射線量 過去最大

 東京電力は1日、福島第1原子力発電所で、毎時10シーベルト超の放射線量を計測したと発表した。計測したのは1~2号機主排気筒の地面近くにある屋外配管の表面で、これまでに同原発で計測した放射線量では最高値となる。事故発生直後に格納容器から排気(ベント)した際に、放射性物質が漏れて配管内に付着した可能性がある。

 7月31日に作業員ががれき撤去作業後に発見し、1日午後2時半に計測機で調べた。毎時10シーベルトは計測機で測れる上限で、これ以上を測れる計測機は同原発に無いため正確な数値はわからないという。これまでの最高値は1号機原子炉建屋1階の毎時4シーベルトだった。

 毎時10シーベルトは原子炉の圧力容器内部と同じ放射線レベルで、1時間浴び続けると命を落とす恐れがある。今回計測した作業員は現場にいた時間が短く、被曝(ひばく)した放射線量は最大4ミリシーベルトにとどまった。ただ、ほかにも放射線量の高い場所があれば、収束作業に影響する恐れもある。東電は配管の周囲を立ち入り禁止としたうえで、今後鉄板などで遮蔽するとしている。

 10シーベルト以上は測れなかったのだから、一体何十シーベルトあるのやら?2号機は、圧力抑制室 (サプレッションチェンバ)で爆発が起き、破損してます。2号機周辺は、近づいただけで即死レベルというのは、3月の末か4月の段階でわかってました。鳩山由紀夫前首相主催の勉強会で川内博史民主党議員が原子力安全基盤機構(独立行政法人)のエンジニアから聞いた話として紹介してました。なので、今頃って感じ。下ユーチューブの12分53秒ごろの川内氏の発言で聞くことができます。

http://www.youtube.com/watch?v=f_ELXK3oaNw&feature=player_embedded

 1号建屋で5シーベルト以上というのも出てきましたね!

 毎日新聞から一部転載します。

 5シーベルト以上が計測されたのは、空調機室内にある配管前。原子炉格納容器を破損から守るため圧力を下げるための「ベント」の際、容器内の空気はこの 配管を通って1、2号機の原子炉建屋の間の屋外にある排気筒から外部に出ていく。1日には排気筒下部の配管で毎時10シーベルト超が計測されている。東電 はいずれも、3月12日のベント時の微粒子が付着したことが原因になった可能性があるとみている。

 3月の事故が起きた時から深刻だったのか?メルトスルーの影響でより汚染が進んでいるのか?人が立ち入ることもできない原子炉はどうしようもない状態となっている。どう、収束させるのか?私達の安全を守るためにどうすればいいのか?原子炉に手がつけられないとしたら、放射能は漏れ続けることになる。早急に対策を練らなくてはいけないが、菅政権では頼りない限り。おそらく何も有効な手は打てないと思う。

高い放射線量、直後のベントが原因か

 下のビデオで、アーニー・ガンダーセン博士は、福島原発の放射性物質の約90~95%は、事故後最初の6週間(3月・4月)で放出されたとおっしゃってますね。

 このころ、福島原発から放射能プルーム雲で運ばれた放射能が、黒い雨として降下。原発から30~40マイル(50-60km)位離れた地域で、日本の基準値を大きく超える放射性物質がシイタケから検出され、70km以上離れた農家が刈った稲藁は、「1kg当たりの崩壊数/毎秒/50万個(50万Bq)」と高レベル汚染されていた。その稲藁を食べた肉牛が、汚染されるという事態になっている。当然、その地にすむ方々、その地の産物も被ばくしたと思われる。博士は、米国NRCが米国市民に対して80km圏外への避難勧告が正しかったと指摘している。正しく!

 これから考えられることは、育成中のイネも80キロ圏内では高濃度に汚染されているということ。当然、これは予想されることで、今、対策を打たなければ、また放射能汚染されたコメが市場に出回ることになる。それよりも放射能に被ばくさせられた住民(特に子ども)への対策が急がれる。

 

 政府が、speediのデータを隠蔽し、住民を放射能から守らなかったことが、まったく持って不十分な避難勧告をしぶしぶしていたことが、人を汚染し農産物を汚染し、次々とまるでドミノ倒しのように負の連鎖を続けている。80キロ圏内の人も動物も作物も汚染されていると考えなければならない。そうした対策を取らなければならないだけれど、無為無策の政府。税金を払う価値なしじゃない?

福島原発事故:黒い雨で家畜が被曝! 80km圏外へ全員退避すべき!7/19(字幕)




1号、2号、3号機原子炉すべてと4号機燃料プールからは、放射性物質が放出され続けています。
現在、日中は暑いために放射性物質の放出を目視することはできませんが、夜になれば見られます。

これについては、「原子炉が爆発したのではないか?」と皆さんからたくさんメールをもらっていますが、これは原子炉から立ち上る蒸気が太平洋の冷気にぶつかったものです。

ですから、放射性物質放出は今も続いています。

しかしながら、福島原発からの放射性物質のほとんどは3月と4月に放出されました。現時点の毎日の放出量は、3月や4月のものよりはるかに少なくなっています。

福島原発の放射性物質の約90~95%は、事故後最初の6週間で放出されました。今も放出は続いていますが、日々の放出量は事故当初とは比べ物になりません。

一方で、福島原発からは、今後も長期にわたって放射性物質が放出されるでしょう。

日本人は、大きな鉄骨のテントを建てて、各原子炉建屋に被せる計画です。

現在、最初のテントを建設中で1号機に被せる予定です。そして2号機、3号機に被せ、最後に4号機にも鉄骨製テントをかぶせます。

鉄骨製テントは、蒸気が外に出るのを防ぎ、蒸気を水にして集め、その水を処理するために設計されています。

この建設により、少なくとも福島原発1号機の9月以降の空気中への放射性物質放出はほとんどなくなります。

放射性物質の多くは、汚染地下水と原発汚染水となり、将来に渡りそれを除去する手立てがありません。

それどころか、日本政府は格納容器の底に溶け落ちた核燃料を取り出す作業の開始まで10年かかると発表しました。今はまだ解けた核燃料を取り出す技術が存在しないからです。

思い出してください。
核燃料は原子炉を突き抜けて
メルトスルーして格納容器の底に落ちたのです。

スリーマイル島事故の時は、核燃料が溶けて原子炉の底に落ちましたが、メルトスルーはしていません。今回の減少は、史上初のことなのです。

この作業は、フライパンの底にこびりついた卵をはがすようなものです。調理時間が長すぎれば、はがすのは複雑で難しいプロセスでしょう。
我々が直面しているのは福島の長期燃料回収計画なのです。

同時に膨大な量の放射能汚染水の処理も進めなければなりません。これには10年か20年かかるでしょう。

私がもっと憂慮しているのは、原発地域外から来る本当の情報です。
私の友人で、チェルノブイリでも研究した生物学者たちが、科学調査のために日本に行きました。

彼らは日本が悪い状況にあるとは想像していましたが、今週私に電話をかけてきてこう言いました。
状況は本当に本当に深刻だ。

彼らは筋金入りの科学者で、放射線をずっと扱ってきていましたが、福島の現状は彼らの想像をさらに超える深刻さだと言っていました。

その裏付けの証拠も得られてきています。まず最初はシイタケです。原発から30~40マイル(50-60km)位離れた地域で、日本の基準値を大きく超える放射性物質がシイタケから検出されました。

興味深いのは、そのシイタケが屋内で栽培されていたことです。
なぜ屋内で栽培されたシイタケから、暫定基準値を超える放射性物質が検出されたのでしょうか?

これは非常に憂慮すべきことです。もう一度言いますが、福島第一原発から35マイル(55km)くらい離れた地域でおきたことなのです。

二つ目の証拠は、福島県と福島県外で汚染牛が見つかっていることです。先週、8頭の牛に汚染が確認されたと伝えられ、やがて40頭になり、7/20の今は130頭以上になりました。



この汚染等数は時間とともに確実に増えると思います。
いくつか興味深いのは、まず汚染牛が福島原発から50-60km位離れたところで見つかっていることです。

そして検出されたセシウムの量が、これまでに定められた人が消費する食品のどんな基準もはるかに超える高レベルだったことです。

牛が市場で売られる際に、日本政府は肉のサンプリング検査をしませんでした。牛の皮をこすった上で外部被ばくの有無を確認しただけです。被ばくが確認されなかったので市場で売られました。売られた後でようやく牛肉汚染が明らかになったのです。

このようなやり方は、牛肉汚染の検査方法として容認できません。しかしながら、もっと重要な問題は、牛はどのように放射能汚染したのかということです。

米国の皆さんは牛の餌にはサイレージ、つまり原発事故前に貯蔵しておいた牧草が与えられると考えるでしょうが、日本では牛の餌に貯蔵された稲藁を与えているのです。

70km以上離れた農家が刈った貯蔵稲藁を、福島県内の牛農家に出荷していたのです。

汚染稲藁の1kg当たりの崩壊数/毎秒/50万個(50万Bq)。

セシウムは半減期30年で、30年後でも25万Bqの放射能になります。

さらにその30年後に12万5000Bqになる。それが半減期という言葉の意味です。

これは福島原発から50-60km離れた場所のことです。米国NRCが、米国市民に福島原発から80km県外への避難勧告したのを覚えていますか?NRCの勧告が正しかったことを示しているのです。

日本政府は、20-30km圏退避区域設定で止めずに、80km圏内(50マイル)の住民も避難させるべきです!

放射能汚染は福島県外にも広がっています。それなのに、日本政府が放射線被ばくを心配しているのは福島県だけのようです。

最後にお話ししたいのは、80km圏外で何が起きているかです。
汚染稲藁が発見されたことからも明らかなように、80km圏外でもチェルノブイリ並みに汚染されている地域が存在するのです。

東京はどうなのでしょうか。私は東京についても心配しています。
一つ目に、東京の下水処理施設で放射の汚染された汚泥が見つかっています。

通常、汚泥は建設用資材に加工されますが、放射線レベルがあまりに高いため、処分方法が決まるまでは防水シートをかけて屋外で保管しています。

もうひとつ、ある日本人男性が検査報告書を送ってくれました。
東京の公園近くの道で採取した土を、この方が直接日本の研究所に持ち込み、自分でお金を支払ってデータ分析依頼したものです。

これがその報告書です。東京の公園近くの土から、キロ当たり約53,000ベクレルの放射能が検出されています。

この方は非常に心配になったので、その市長を訪ねました。ところが市長の返事は「心配は必要ない!」でした。

一市民が、身銭を切って研究所に検査を依頼したにもかかわらず、地方政府に訴えても全くらちがあかなかったのです。

もう一つデータがあります。
東京の近くの柏市の国立がん研究センター病院からです。この棒員のウェブサイトに事故の数日後から掲載されているデータです。

この報告書をみると、事故から9日後の3月24日に計測された屋外の背景放射線量が、屋内の背景放射線量の30倍になっていました。

ホットパーティクル(高放射能粒子)が土に降り、それによって放射線線量が非常に高くなったため、測定器が屋内の30倍という数値を検知したのです。

国立がん研究センターは、放射線量を測る方法は確実に知っています。熟練した科学者のデータなのです。

最後にもう一つレポートをご紹介します。私は毎日、日本の著名な物理学者であるサジ博士からメールをいただいています。

サジ博士は、以前、原子力安全委員会の委員でした。
彼は二日前のメールでこう書いています。福島で汚染された稲藁が見つかった件についてです。

「放射能汚染の原因は、事故の後1週間に放射能プルーム雲が通過した時に、稲藁を屋外で保管していたためで、特に『黒い雨』のせいだと思います。」Dr.サジ

サジ博士が「っ黒い雨」という言葉を軽々しく使うとは思えません。事故後の日本が経験したのは確かです。つまり博士は、高放射能ぷルーム雲が東・北日本の至る所にホットパーティクルを落としたというのです。

日本人は臨機応変な国民です。今週日曜の女子ワールドカップの優勝がそれを証明しています。
しかし、日本人は自分たちが直面している問題の巨大さを知る必要があります。
出なければ的確に対処できません。

2011年8月 1日 (月)

高橋洋一氏:史上最高値をうかがう円高は「人災」。円高対策は、円を刷って、相対的にドルより増やせばいい。

 元財務官僚の高橋洋一氏が、現代ビジネスニュースの真相に本日8月1日付で、「史上最高値をうかがう円高は「人災」。復興増税を狙う財務省と日銀の日本的官僚制度が犯人だ」という論考を発表している。

 円高、ドル安というのは、難しい理屈ではないごく簡単な理屈で説明できるのだよね↓。

原理は単純。円とドルでどちららが相対的に多いか少ないかだ。多いほうの通貨は希少価値がなく安く、少ない方の通貨は希少価値が出て高くなる。こうした考え方をマネタリー・アプローチといって、国際金融では常識になっている。

 わかりやすい図を用意くださっている。

 

Photo_4

 2007年から、円はほとんど増えていないのに比して、何とドルは、円の2.7倍ほどに増えているってことだよね。

Photo_5

 2007年1月に1ドル120円だったのが、2011年5月には1ドル72?円になっている。しかし、マネタリーベースでみると、ドルは円の2.7倍になっているのだから、まだまだ円高は進むとみていいのでは?50円以下になってもおかしくはないってことなのじゃないかな。

円/ドル=67.5+41.5*日米マネタリーベース(億円/百万ドル)の比率・・・(*)

 上の計算式が理解できないけど。。。どっからこの数字が出てきたのか??

 ま、とにかく、円高円安は、通貨の量によって決まるという大きな原理原則はスッキリと理解できるものであり、為替介入は意味がなく、その原理原則から目をそむけさせるために、行われるスピンぽい感じがする。

 しかし、このスピン為替介入が、財務省の利権になっているというから、財務省というのは、無駄な為替介入を行いたいがために、円高を歓迎し、為替介入を行っては日本経済から円を流出させ、ますます円高にして為替差損を発生させているという日本国民にとっては、まことに迷惑千万な省庁と言えそうじゃない?

 このように為替の決まり方を理解していると、財務省に為替権限あること自体がおかしいことがわかる。財務省が為替権限を手放さないのは、100兆円にものぼる外為資金運用にかかわる利権だからである。

 小泉政権以前は、為替介入は日銀引き受けで行われていたので、国民経済に影響を与えなかった。小泉政権から、為替介入資金を市中から集めるようになった。為替介入をすれば、日本国内の通貨量を減らすことになり国内経済に打撃を与え、国民に為替損をも負わせるものになったってことですよね。

本来であれば、財務省の外為介入を事業仕分けで廃止すべきであり、その事業を日銀に行わせるほうが、責任の所在も国民に明確になっていい。しかし、財務省に甘い民主党政権ではできないだろう。

 事業仕分けは財務省主導だったから、お題に上るべくもないけど、害あって益なしの財務省の外為介入は、事業仕分けして、小泉以前の日銀引き受けにすればいいわけですよね。

 さらに、為替は二国間の通貨の交換比率である以上、マネタリー・アプローチのように、二国間の金融政策の差によって決まることを理解していると、しばしばある為替が国力で決まるという説明にはほとんど意味がないことがわかる。

 欧州危機になると円高、米国債務上限問題になると円高と、いつも海外にばかり説明要因を求める人もあてにならない。日々の為替の動きにそうした要因が含まれることもあるが、より長い目で見れば、あまり本質的でないこともわかるだろう。

 つまり、こういうこと。これ↓につきます!

円高対策は、円を刷って、相対的にドルより増やせばいいのだ。

 ●復興債18兆円を市中消化すれば円安になる

 現時点で、日銀がどのくらいマネタリーベースを増やせば円安になるのか。(*)式からいえるのは、30兆円程度増やすと5円程度円安になる。

 今、民主党で復興増税が議論されている。復興予算規模としては20兆円程度である。このコラムで指摘してきた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/6614 そこでは日銀のマネタリーベースが減少しているので、円高予想が書かれている)ように、今年度予算では、借換債の日銀引受枠がまだ18兆円余っている。それを使った上で復興債18兆円を市中消化すればいい。

 これは、今年度予算ですでに国会議決した範囲内の話であるが、日銀引き受けが18兆円増えるので、復興財源問題は解決する(日銀引き受け分の国債の利払いは、日銀からの納付金でほぼ相殺されるから財政負担にならない!)。

 この予算枠は使うことができるのみならず、政府が使わなければ政府の怠慢になる。まして、国会議決した予算なので、日銀総裁が反対できる話でもな い政府が決断すれば、円高も復興財源問題も一気に吹っ飛ぶのだから、やらない手はない。行わなければ、円高と復興増税の人災だと証明することになる

 菅政権のやろうとしていることは、財務省のいいなりに復興財源確保のためと称しての増税。増税で、倒産・経営縮小・雇用の減少と国民経済を壊滅・縮小させておいて復興などできるわけがなく、一方、通貨が増えない以上、円高はますます進み、財務省が市中から資金をかき集めて為替介入を行うとすると、日本経済はますますの危機に陥るわけで、本当にこれは財務省と日銀による人災だと言える!

 18兆円余っているという借換債の日銀引受枠を使って、復興財源を作り市中で消化すれば、被災地は復興させられるし、市中の経済活動は活発化し、通貨量が増えることで円安に導くことができる。すべて解決する。

 菅政権が、財務省のいいなりに、復興財源を増税に求め、円高に為替介入を持ってするという、真逆を行うようならば、私達日本国民は存亡の危機を迎える。

 日本国の要である菅政権が財務省の支配を受けているのだから、やはり、この政権が癌であると思う。一刻も早く退陣へと追い込み、政治主導が行える人、例えば小沢政権へと移行させたい。

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