昨日は、集まれ5万人! 9・19は「さようなら原発集会」へ 参加しました。
原発ほど邪悪なものはないと私は思ってます。
もともと、原子炉は、「マンハッタン計画」で、ウランを核分裂させてプルトニウムを得るため、プルトニウム爆弾を造るために出来たもので、日本政府が考えているのは、原子炉でプルトニウムを取り出せば、いつでも核武装できるというものでしょ。
原発というのは、実は核兵器材料プルトニウム製造炉でことであり、平和な顔に偽装しているとか隠れ蓑にしているというべきもの。だから邪悪が原発の本質です。政府は、核武装のために、原発建設を国策と称し、普通に平和に暮らしたい地域の人々を税金の札束で張り倒して、それでも反対な人々には公権力を使って強制排除して建設しているわけです。
で、この核武装を考えている政府というのは何者かわかりますか?私は考えてもわからなかった。税金に巣くう利権集団はいても、日本には政府はないように思う。利権を得ているものたちとして、「政・官・業」があるけど、政治家たちはただのロボットだし、官僚が仕切っているというわけもない。業界でもないし。具体的にどことか誰というイメージがわいてこない。しかし、得体のしれない何者かがこの国を支配している。もちろん、その政府とやらは米国と通じている。で、思いついたのが、ひょっとして、読売新聞なのかなということですがね。
さて、当日、電車のダイヤが乱れて2時近く?に明治公園到着。千駄ヶ谷駅から、大勢のデモ参加者が公園まで連なった。公園内は人であふれて、とても、呼びかけ人の方々のスピーチが聞けるところまで行くことは不可能だった。この時点で、控えめに見て4万人は超えていると聞いた。集会・デモは大成功だったと思います。著名な方々が呼びかけ人だったということが、功を奏したと思われます。
警察は、大人数で物々しい警戒で、機動隊が潜んでいそうな車両や逮捕者を乗せるのではないかと思われるワゴン車も配置。でも、このくらい集まった数が多いとめったな弾圧もできないとの判断が働いたのか、デモ中、一回、「整然と行進しなければ、公権力を行使して逮捕する」みたいな高圧的な脅しをかけたぐらいでしたね。この時、チョイ、し~んとしましたけど。公権力を奮われるのは恐いですからね。みんな、善良な市民なのです。悪者を作るのは公権力なのです。
参加者は、主催者発表で6万人。警察発表で、2万7千人。大きな開きがありますが、いくらなんでも、2万7千人はないでしょう。
集会の様子は、【動画】9.19「さようなら原発集会」で、みることができます。
「5万人集会」呼びかけ人の鎌田慧氏、大江健三郎氏、内橋克人氏、落合恵子氏、澤地久枝氏と俳優の山本太郎氏が、スピーチをされました。それぞれ、とても感動的なスピーチですね。こうやって、ユーチューブにアップしてもらえると、聞けなかった私も聞くことができます。
スピーチを紹介して、今日は終わりとします。書いているうちに日付が21日になってしまってました。
鎌田慧氏
野田首相は、これから国連へ行って、原発の安全性を高めて再開するということを演説するというふうに発表しています。
しかし、安全性と信頼性は、既に破たんしております。それでもなおかつ再開するというのは、人民に対する敵対であります。
今、日本人の8割に及ぶ人たちは、原発はいやだ、原発は止めてくれと原発がない社会にしたいという風に言っています。
その声を無視して政治ができるわけがありません。
これまで、どのくらいの被曝者が発生しているのか、そして、現在被ばく労働者がどれだけ発生しているのか、これからわかります。
しかし、その恐ろしい結果を私達は、認めなくてはいけません。
そして、その救済を少しでも強く始めていかなくてはいけません。
そういう意味でも今日の集会を力強く終わらせることによって、救済運動を進めていきたいと思ってます。
原発から脱する「脱原発」運動は、文化革命であります。意識を変えていく運動でもあります。
みなさん、核に依存して生きることは人類は絶対できない。核と人類は絶対共存できないということが、広島・長崎、そして今度の福島の事故でも証明されてます。
どうしてこれ以上の犠牲者を作ることができましょうか。
また、私は原発にさよならを言います。さよならは、再会(サイチェン)とかボブワールとかまた逢う日までのサヨナラじゃない、絶対会わない会いたくないアデューというのが、原発に対する私達のメッセージです。
もう原発のある社会はいらない。
そして、これから子どもたちに平和な幸せな社会を残す、そのためにこそ頑張っていこうじゃありませんか。
これから1千万署名にみなさん頑張ってください。そして、来年3月24日、集約集会を開きます。
1千万署名の集約集会を3月24日日比谷野外音楽堂で開きます。
それまで、皆さん頑張ってください。
そして、その間にも講演会とか音楽会とかいろんなことを考えてます。皆さんからのアイデアも募集します。
皆さん、一緒になってがんばりましょう。
大江健三郎氏
二つの文章を引いてお話します。
まず第一は、私の先生の渡部一夫さんの文章です。
狂気なしでは、偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もいられます。
それは嘘であります。狂気によってなされた事業は、必ず荒廃と犠牲を伴います。
真に偉大な事業は、狂気に捕えられやすい人間であることを人一倍自覚した人間的な人間によって、誠実に地道になされるものです。
この文章は、今次のように読み直されうるでしょう。
原発の電気エネルギーなしでは、偉大な事業は成し遂げられないと申す人々もいられます。
それは嘘であります。原子力によるエネルギーは、必ず荒廃と犠牲を伴います。
私が引用します、第二の文章は、新聞に載っていたものです。
原子力計画を止めていたイタリアが、それを再開するかどうか国民投票をした、そして、反対が9割を占めました。
それに対して、日本の自民党の幹事長が、こう語ったそうであります。
あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは、心情としてわかる。
偉そうなことを言うものでありますが、もともとイタリアで原子力計画がいったん停止させられたのは、25年前のことです。チェルノブイリ事故がきっかけでした。
それから長く考え続けられた上で、再開するかどうか国民投票で決めることになった。その段階で、福島の事が起こったのであります。
今の自民党幹事長の談話の締めくくりはこうです。
反原発というのは簡単だが、生活をどうするのかということに立ち返った時、国民投票で9割が原発反対だから止めましょうという簡単な問題ではない。
そう幹事長は言いました。
原発の事故が簡単な問題であるはずがありません。福島の放射性物質で汚染された広大な面積の土をどのようにはぎとるか、どう始末するか、既に内部被ばくしている大きい数の子どもたちの健康をどう管理するか。
今まさにハッキリしていることは、こうです。
イタリアでは、もう決して人間の命が原発によって脅かされることはない。
しかし、私達日本人は、これからさらに原発の事故を恐れなければならないということです。
私らは、それに抵抗すると、その意志を持っているということを、先のように想像力を持たない政党の幹部とか、また経団連の実力者たちに思い知らせる必要があります。
そのために、私に何ができるか、私らには、この民主主義の集会、市民のデモしかないのであります。
しっかりやりましょう。
内橋克人氏
ひとつだけ、注意しなければならないことがございます。
それは、新しい原発安全神話、原発安全神話の改訂版、新版が台頭しつつあるということです。つまり、「技術が進めば発展すれば、安全な原発は可能である」という「安全神話」の改訂版が新たな装いをこらして台頭しつつあります。
例えば、地下深く原発を埋め込んで洞窟の中で原子力発電を続ける、こういう企み、こうした計画が、進んでいるということであります。
地下・洞窟・穴に原発エネルギーを作る装置をうずめて、なおかつ原発を持ち続けたいというこの意図の裏に何があるかです。
それは、私達の国が核武装、核でもって再武装することが可能なそういう潜在力を持ち続けようと。
そうした政治的意図だと思います。
合意なく国策がここまで進んできました。
幾度も幾度も私達は、打ちひしがれた経験、これを活かさなければなりません。
原発エネルギーではなくて、命のエネルギー、命のエネルギーが輝く、そういう国にしようではありませんか。
今日、その一歩が踏み出されます。世界が変わると思います。
サヨウナラ原発。
こんにちは、いのち輝く国。
その第一歩を皆さん方とともに歩き続けたい。
そういう風に、私は喜びとともに、お話をさせていただきました。
本当にありがとうございました。
落合恵子氏
いっぱい声出してくださいね。
あなたに会えて本当に良かったです。
でも、この会えるきっかけを考えると、本当に腹立たしくて、腹立たしくてしかたがありません。
この腹立たしさを新しい力に変えて、明日を変えていきたいと思います。
私達の、これは私の世代ですが、ビートルズの歌を歌って育ちました。そのビートルズの歌に、イマジンという歌がありました。
想像してごらんから始まるあの歌です。
想像してください。
子どもはどの国のどの社会に生まれるか選ぶことはできないのです。
そして、生まれてきた国に、原発があって、この暴走があったことが、今の私達の社会です。
想像してください。
福島のそれぞれの子どもたちの今を。
そして、この国のそれぞれの子どもたちの今を想像してください。
スリーマイル島、チェルノブイリ、そして福島。
あの原発大国フランスでも、ついこの間、核施設の事故があり、ほとんどの情報が私達は手に入れられない現実を生きています。
今度はどこで、次は誰が犠牲になるのかと、そのストレスを絶え間なく抱いて生きていくのは、もう嫌だと、私達はそれぞれ叫んでいきたいと思っています。
放射性廃棄物の処理能力も持たない人間が原発を持つことの罪深さを、私達は叫んでいきましょう。
それは、命へのそれぞれの自分自身を生きていこうという人への国家の犯罪なのです。
容易に核兵器に代わりうるものを持つことは、恒久の平和を約束した憲法を持つ国に生きる私たちは決して許容してはならないはずです。
想像してください。
まだ、ひらがなしか知らない小さな子どもが、夜中に突然起きて、放射能来ないでって泣き叫ぶような社会をこれ以上続けさせてはいけないはずです。
私は、私たちは、皆さんもこの犯罪に加担しないと、ここでもう一度自分と約束しましょう。
原発という呪詛から、自由になること。
もちろん、反戦、反核、反差別は、全部一つの根っこです。イノッチ、ここから始まります。
今、函館で、大間原発をあの海を見ながら、函館の駅に向かって歩いている大きなグループがいます。
大間原発の方、そこにいらっしゃいますよね。
あるいは、きのう、オーストラリアから突然帰国したジュンコさん、どっかに埋もれているでしょう。ありがとうございます。
世界から原発と核が消える、私達のゴールに向かって、歩みましょう。
暴力に対して、私達は非暴力を貫きます。
けれども、あきらめません。慣れません。忘れません。歩き続けます。
この一つのウォークを、けが人ゼロ、熱中症ゼロ、もちろん逮捕者ゼロで歩き抜きましょう。
澤地久枝氏
こんなに大勢の方が参加してくださって、どれだけうれしいでしょう。
最初の記者会見の後、私は姿を消していました。ひざの骨折と手術ということで50日余り入院をしたんですね。
うちへ帰ってからも足腰がなえて、回復がとても遅かったと思います。
しかし、今日どんなことをしても立って参加しようという意思が、私を立ち上がらせ歩かせたのだと思っています。
昭和の時代には、15年に及ぶ戦争の日々があり、沖縄戦と広島長崎への原爆投下の果てに敗戦を迎えました。
人類は、人間日本という実験場で、始めて原爆を体験したのです。日本は実験場だったと思った方がいいと私は思います。
その日本に、54基もの原発ができ、福島の事故から半年たっても収束の手立てがないことは、原発の本質と歴史の痛烈な啓示を示してはいないでしょうか。
この国は、原発など持ってはいけない国だったはずです。
核が暴走始めてしまったら、人類はその暴走を止めたりコントロールするノウハウをまだ持っていないんですね。
そういう危険なモノは、地球には必要がないと思います。
日本だけじゃなく、原発はすみません。
放射能は、海を越え、国境を越えて広がっていきます。これは防ぎようもないのです。
原発を含む日本の電力会社は、過去何十年間か抜群の大スポンサーでした。どこに対するスポンサーであったかは、あえて言いません。
皆さん、よくご存じだと思います。
何100億円という現金が、原発の安全性PRと推進のために使われ、その毒は、広く広がったようです。
事故の直後から、原発や東京電力批判をさし控え、暗に原発擁護の言説が大手を振ってまかり通っています。特にテレビを見てください。ヒドイものだと思います。
東京電力が、役所に最近提出した報告書類は、本文のほとんどが、抹消の黒線で消されていました。
なんて無責任で傲慢な姿勢なのでしょうか。
こういう、実にレベルの低い、責任を負わない、非科学的な人々に私達の命が握られてきたと思うと、本当に寒気がします。
事故直後、年間被ばく許容量の数字を大きく変えた政府発表は、以後の発表に深く不審を抱く原因を作ったと思います。
その限度量さえ越えて、事故現場で働く作業員の生命は、誰が保証するのでしょうか。
多くは、下請けの労働者なのです。東北はいつもいつも棄民、捨てられる民の対象になってきた、割りを食ってきたヒドイ歴史をしょっていると思います。
わが子の健康を案じ、住むべき場所、食べさせるものに悩む母親たちがいっぱいいます。
事実を知りたいと、彼女たちは皆望んでいます。知らなくては対応のしようがないんです。
原発をなくしたら電気が不足し、日本経済は成り立たない、雇用は減り失業率は増え、貧しい二流三流の国になる、展望を失った暗い社会が訪れると、威嚇混じりの原発擁護が大っぴらに語られるようになりました。
しかし、就職難、不景気、委縮しがちな世相は、原発事故以前から慢性症状としてあったのではありませんか。
今、ここで、すべて原発に帰納して、だから原発が必要だとする考え方は、どこかですり替えが行われています。ウソがあります。
私達は、この政治不在の社会を変えようとして、政権交代を実現させたんですが、しかしですね、政治不信が生まれるのは自然なことです。しかし、結末は結果は私達に返ってきます。
希望とは、道を見出すべく残されているのは、自覚し考えることの確立と、個と個の連携その広がり、つまりは市民運動ではないでしょうか。
今日のこの集会のこの盛況が、一千万市民の原発サヨナラの署名は、私達が求める新しい国づくり世直しに道を開くと思い、私はそこに希望をつなぎます。
同時に、今回の原発事故の原因と経過の真相究明をさせたい。政府と東電の秘密主義は、原発事故に限らない、この国の悪しき体質を反映しているからです。
今日おいでになっている、特に女性の方たちに語りたいと思います。今日まで、一人の戦死者も出さなかった戦後は、二度と戦争はさせないと決心した戦争を体験した女たちの力だと思います。
地球と命を守り、平穏な未来を確保すべく、命を産み育む女性たちが役割を果たすべき時は今です。
血縁を問わず、国境を越えて命を守る戦いには、その夫、恋人、友人たちも戦いの同志に連なるでしょう。
その周りには、私のような高齢の思いを同じにする人間がいることを確かめあって進んで行きましょう。
老若同盟と亡くなられた加藤周一さんは言われましたが、老若男女を問わず、人間の砦を築いていきましょう。
ここで、私達は負けることはできないのです。みんなと力を合わせていきたいと思います。今日は、本当にありがとうございました。
山本太郎氏
すごい、すごい人ですね。
おそらく、本当に命を守りたい、生きていたい日本人の気持ちがここに集まっていると思います。今日は。
3.11以降、僕の人生も大きく変わりました。
それはどうしてかというと、生きてたいと思ったんですよ。
生きてないとどうしようもないじゃないですか。で、自分一人生きていてもしょうがないんです。
ここにいる皆さんにもここにこれなかった世界中の人たちに、生きてないと意味がないんですよね。
今、僕たちの目の前にはものすごい危機が迫ってきていると思います。
とにかく、今生き延びるためには、原発を一斉停止するしかないと思うんです。
でも、目の前の利益を守りたいモノたちにとって、その発言というのはものすごく目障りです。
でも、僕たちは違いますよ。命がかかってますから。
テレビ、新聞で本当のことというのは、ほとんど流れないと思います。完全にお金ですよね。去勢されて骨抜きにされていると思います。
メディアにとっては、目の前の命よりもお金の方が大事なんですよね。
そして、これまで、いろんなことがらがアカラサマになってハッキリしたこと、それは、今の日本の政府は、人々の命を簡単に無視できる政府だということです。
今、僕たちがこうやって集まっている間にも、被ばくし続けている人たちがいます。でも、そのことをハッキリと伝えて、動きにできる政治家ってどれくらいいるんでしょうか。
政治家たちに世の中を変えれるというのは、もうない話だということがハッキリしたと思います。
一刻も早い高濃度汚染地域から、人々をサテライト疎開させる、そして、原発を一斉停止させる、もう代わりのエネルギーはあるんです。電力は足りているんです。30%のエネルギー、原子力からはいらない。
じゃないと、僕たちは生きてられない。世界中にも迷惑がかかる。とにかく、生き延びたいんです。みんなで。
今できること。先日、河野太郎さんとお話してきました。その時におっしゃってました。
デモ、署名、政治家たちにとっては何も痛くない話だと。たくさん集められた署名はどっかの倉庫にぶち込まれるだけだと。デモをしてたとしてもチョット目障りだなと思われるだけだと。
一番必要なのは、人々の力なんですよね。市民の力なんですよ。それぞれの選挙区の代議士の事務所に行ってプレッシャーをかけることです。
今、その代議士がどういう立ち位置にいるべきなのか、どうするつもりなのかということをハッキリさせてください。
でないと、この先はないと思います。
この先の日本は、核廃棄物の置き場になるだけだと思います。
今、大人がすべきことは、子供たちを守ること。そのためには行動を起こすことだと思うんです。ぜひ力を貸してください。よろしくお願いします。
武藤類子さん(ハイロアクション)
福島からまいりました。
今日は、福島県内から避難先から何代もバスを連ねて、たくさんの仲間とやってまいりました。
始めて、デモや集会に参加する人もたくさんいます。
それでも、福島原発でおきた悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声を上げようと、声を掛け合い誘いあってやってきました。
始めに申し上げたいことがあります。
3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆることに取り組んできた皆さん一人一人を深く尊敬いたします。
それから、福島県民に暖かい手を差し伸べ繋がり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。
そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子どもたち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心から謝りたいと思います。本当にごめんなさい。
さて、みなさん、福島はとても美しいところです。
東に紺碧の太平洋を望む浜通り。
モモ、ナシ、リンゴと果物の宝庫の仲通り。
猪苗代湖と磐梯山の周りに、黄金の稲穂の垂れる会津平野。
その向こうを深い山々が縁取っています。
山は青く、水は清らかな私たちの故郷です。
3.11原発事故を境に、その風景に目には見えない放射能が降り注ぎ、私達は被曝者となりました。
大混乱の中で、私達には様々な事が起こりました。
素早く張り巡らされた「安全キャンペーン」と不安のはざまで、引き裂かれていく人と人との繋がり。
地域で職場で学校で家庭の中でどれだけの人が、悩み悲しんだことでしょう。
毎日、毎日、否応なく迫られる決断。
逃げる、逃げない。食べる、食べない。子供にマスクをさせる、させない。洗濯物を外に干す、干さない。畑を耕す、耕さない。何かにモノ申す、黙る。
様々な苦渋の選択がありました。
そして今、半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、
「事実は隠されるのだ」
「国は国民を守らないのだ」
「事故はいまだに終わらないのだ」
「福島県民は、核の実験材料にされるのだ」
「莫大な放射能のゴミは残るのだ」
「大きな犠牲の上になお原発を推進しようとする勢力があるのだ」
「私たちは捨てられたのだ」
私達は疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。
でも、口をついてくる言葉は、私達をバカにするな、私達の命を奪うな、です。
福島県民は、今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。子供たちを守ろうと、母親が父親が、おじいちゃんがおばあちゃんが、自分たちの未来を奪われまいと若い世代が、大量の被曝にさらされながら、事故処理に携わる原発従事者を助けようと労働者たちが、土地を汚された絶望の中から農民が、放射能による新たな差別と分断を生むまいと障害を持った人々が、一人ひとりの市民が、国と東電の責任を問い続けています。
そして、原発はもういらないと、声を上げています。私達は、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。
私たち福島県民は、故郷を離れるものも、福島の土地にとどまり生きるものも、苦悩と希望と責任を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。
私達と繋がってください。
私達が起こしているアクションに注目してください。
政府交渉、疎開裁判、避難、雇用、除染、測定、原発・放射能についての学び、そして、どこにでも出かけ福島を語ります。
今日は、遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。
思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。
私たちを助けてください。
どうか、福島を忘れないでください。
もう一つお話したいことがあります。
それは、私達自身の生き方、暮らし方です。私達は何気なく差し込むコンセントの向こう側を想像しなくてはなりません。
便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っていることに、思いをはせなくてはなりません。原発はその向こうにあるのです。
人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が他にいるでしょうか。
私は、この地球という美しい星と調和したまっとうな生き物としていきたいです。ささやかでもエネルギーを大事に使い、工夫に満ちた豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。
どうしたら、原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか、誰にも明確な答えはわかりません。
出来うることは、誰かが決めたことに従うのではなく、一人ひとりが本当に本気で自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し行動することだと思うのです。
一人ひとりにその力があることを思い出しましょう。
私たちは誰でも変わる勇気を持っています。
奪われてきた自信を取り戻しましょう。
原発をなお進めようとする力が垂直にそびえる壁ならば、限りなく横に広がり繋がり続けていくことが、私達の力です。
たった今、隣にいる人とそっと手をつないでみてください。見つめあい、お互いのつらさを聞き合いましょう。
涙と怒りを許しあいましょう。
今、繋いでいるその手のぬくもりを日本中に世界中に広げていきましょう。
私たち一人一人が背負っていかなくてはいけない荷物が、途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかに、朗らかに、生き延びていきましょう。
ありがとうございました。
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